東京寄席さんぽ4月中席

東京寄席さんぽ
 四月中席
 フツーの会社員である(時々本職を思いだすのだ)僕にとって、四月は、何とも落ち着かない季節なのである。あれやんなきゃ、これも片付けきゃという、年度末の喧騒を何とかやり過ごして、デスクの回りは落ち着きを取り戻すのだが、実際には、仕事が暇になったわけではない。会社の事業関連の新年度第一回会合とか、紙面改革に伴う新執筆陣とのやりとりとか、歓送迎会のやりのこしとか、新しい人と新しいカンケイを築くためのあれこれが五月雨式に襲いかかってくる。
 月曜日はパレスホテルでフランス料理のコース、水曜は渋谷のカジュアルなフレンチ「シェ・パルメ」、金曜は銀座のシックな欧風料理「RINTARO」。一日おきのフランス料理と言えば聞こえはいいが、みーんなお仕事がらみのタテ飯ヨコ飯なのよ、フランス料理の高脂肪とコレステロールが病みあがりの僕の体にボディー・ブローのように効いてくるのではないかと思うと、料理もノドに通らないが、「RINTARO」のチキンはうまかったぜ。
 てな感じでオトナの日々を送っていた僕は、当然のことながら、一週間、まーーーーーーーーーーーったく寄席に行けなかった。うううう落語が・・・、うううイロモノが・・という禁断症状は、さすがに七日程度の空白では出るわけがない(いやいや、オレもそこまで冒されてないかと安心したりして)けれど、読売日曜版の連載「寄席おもしろ帖」のためのネタ・ストックが尽きかけているのが心配だ。最後まで「お仕事モード」が抜けない一週間が、やっとこ終わった。
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 日曜日、ふらふらと家を出て、ヴェルディの中沢が出たという三郷工業の前を抜け、小さな川沿いを歩いた。ついこの間まで咲いていた岸辺のコスモスは影も形もなく、かわりに大型トラックが三台、ドアをあけっぱなしにして停まり、中から運ちゃんのかすかなイビキが聞こえている。うららかな陽光に背中を押されて、普段はめったにいかない三郷市立図書館まで遠出してしまった。
 おそらく今年始めての図書館なので、とりあえず芸能関係の棚をチェックすると、あったあった、「新宿末広亭 定点観測」。と、通りかかった親子連れの、中学生らしい女の子が「演芸」の列を指差し、「こういう本って、誰が読むの」と父親に質問するではないか。いかに寄席とは縁がない三郷の中学生であれ、「わが師桂文楽」や「談志百選」や「円生の録音室」や、ついでに「定点観測」に向かってだなー、「誰が読むのか」とはどういうこった。思わず中学生の顔を見ると、相手は大まじめ。心底不思議でしょうがないという顔をしていた。急に不安になった僕は、わが本を取りだして、巻末を調べた。よかったー、何人か借りてくれてる。読んでくれてる人、いるじゃないかぁ。
 CDコーナーで、先代桂文治「現代の穴・口入屋・大蔵次官」、三遊亭円馬「菅原息子・殿様団子・けんげしゃ茶屋・初音の鼓」、桂ざこば「一文笛・遊山船」の三枚を借りて
帰った。先代文治は、子供のころテレビで見て大好きになった。円馬の生高座には、残念ながら間に合っていない。
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 六代目柳亭左楽の披露目に、まだ行っていない。末広亭とゆかりのある人なので、ぜひとも新宿で、と思っていたのだが、時間が取れないまま、上席が終わってしまったのだ。
 午前中にアポ一件、昼に原稿一本書いて、あたふたと浅草演芸ホールに行ったら、これがビックリ仰天。ドアを開けたとたん、人人人・・。中に入れないのだ。こんな経験は久しぶりだなあ、とも言ってられない。タイマイ三千円(特別料金!)も払っているんだし、もう三時近いので、ぐずぐずしてると仲入になってしまう。しゃーない二階でも、と階段をあがると、ここもいっぱいだー。二階席のてっぺんまであがっても空席がなく、すみっこにポツンとひとつ残った小さな丸い補助椅子になんとか収まった。
 見渡すと、一、二階席はほぼ満員なのだが、たえずどこかで人が動いている。よく見ると、オジサンおばさんの団体が、三つぐらいはいっているようだ。一つ出ると、次の団体が入ってくる。それが落ち着いたかと思うと、先ほどの団体の積み残し(?)があったのだろう添乗員が場内をうろうろし、帰りそびれた別口の熟年夫婦がおろろ歩く。「席ないわねえ」「下に行こうか」「下も満員よ、ハンケチ敷いて階段に座ろ」「いやよアタシ、それよか、おせんべ食べる?」などというオバちゃん同士の会話は聞きたくもないのだが、大声でしゃべってるので高座の落語よりも耳に入ってきちゃうのである。ああ、だれかたすけてくれ〜。
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 4・16<浅草演芸ホール・昼の部>
 文楽:毛の話 円蔵:不精床 仲入 左楽襲名披露口上(下手から、文楽、木久蔵、こん平、左楽、円蔵、馬風、志ん朝) 元九郎 木久蔵 志ん朝:義眼 こん平 馬風 小円歌 主任=左楽:松山鏡
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 ざわついている仲入休憩中の場内に、後半開始を告げるアナウンスが響く。
 「ただいまより、六代目柳亭左楽襲名披露口上を申し上げます。ロビーにいるお客様は、場内にお戻りください」
 披露を「しろう」と読んだ立前座の金兵衛クン、いいよぉ、江戸前だねえと思っていると、続いて馬風のアナウンスが・・。
 「ただいま、女性トイレに入歯の忘れ物がありまして、こん平が預からせてもらってます・・・」
 江戸前じゃねーなー。場内大ウケだけど。
 口上は七人が高座に並ぶ、立派なもの。
 「えーっ、当代とは、文楽門下で一緒に内弟子修行をした仲。左楽というのは、お客様にはなじみのない名前ですが、アタシたちにとっては大名跡で」(文楽)
 「アタシは前座の時、(左楽)先輩は立前座で、『すぐ高座に上がれ。短くね』と言われたけど、アタシは当時落語二つしか知らなくて短くやれないので、『月影のナポリ』を三番まで歌って降りてきたら、怒られまして・・・」(木久蔵)
 「○○×△■◆!××○△!!」(こん平、大声なので、何言ってるかわかんない)
 「ええっ、春爛漫、セキネの肉まん、左楽の女房はあげまんで」(馬風)
 と、ここまでは型どおり(?)に進んだが、馬風の続きの挨拶で、どっと疲れてしまった。歌舞伎だの国会だの野球だのの話を延々として、左楽の話をまったくしないで終わってしまうという、ここ数年、馬風の仕切る口上はいっつも同じなんだよね。展開は読めるし、話は長い。延々と関係ない話を聞かされた後、みんなに注意されてという設定で、こんどは型どおりの挨拶を延々とやる。馬風のせりふ自体をもっとシンプルなものにしないと、演出効果はでないし、嫌味でおしつけがましい印象だけが残ってしまう。次の志ん朝がうんざりした顔をしているのが、本音か演出かわからないのだ。
 後ろ幕は、仲入前が「アオハタ・ジャム・マーマレード」で、後半が「オタフクソース」。真中にカタカナ社名を大書した派手なデザインが、寄席の空間ではやや浮いてしまうが、広島出身の左楽らしい、祝いの品である。
 後半の高座は、みんな短い短い。従来の番組の上に、この日の交互出演である木久蔵、志ん朝を追加しているので、ただでさえ多い出演者がさらに二人増えている。
木久蔵七分、志ん朝八分、こん平六分、馬風五分。これじゃ、初席興行である。さすがに気がとがめたのか、ただ一人ネタらしきものをやった志ん朝が「披露興行はこんなものなのです。我々は刺身のつま、入れ代わり立ち変わりでゴチャゴチャしますが、どうぞ腹を立てたり、ものをなげたりしないように」とあやまっていた。しかし、いくらにぎやかで明るい番組を重視する浅草とは言え、落語を満足に聴けない寄席というのは、いかがなものだろうか。
 トリの左楽は、師匠文楽のネタである「松山鏡」。江戸っ子気質が最上のものと考える東京落語では、田舎の人が出てくる噺はあんまり後味のよいものはないのだが、いかにも人がよさそうな左楽だと、そういう嫌味な感じが薄れるようだ。左楽のニンにあって、楽しく聴くことが出来た。課題は、マクラの平板さか。「歌舞伎で六代目なら菊五郎、落語で六代目というと、・・・この通りです」という導入はいいが、自分でもマクラが苦手だと思っているのだろう、いかにも自信なさげにギャグをふるので、高座が弾まない。ほのぼのとした雰囲気があるのだから、無理に笑いを取ろうとせず、「左楽の味」だけを出せば、印象が変わってくると思うのだが。
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 十九日の金曜は、末広亭の「春風亭昇太芸術祭大賞受賞記念興行」へ。それにしても長いね、このタイトル。
 七時ごろに現地へ到着したら、めずらしや席亭が木戸の前に立っている。よもやま話をしていると、いろんな人がやってくる。
 まずは修学旅行か、中学生十人と引率の先生に、添乗員のご一行様。まとめて座れる場所が他にないので、みんなそろって最前列へ
。一人残ったT急観光の添乗員は、「キミも見といでよ。お金いらないから」と席亭に言われていたが、「いえ、まだ仕事がありますから。それではよろしくお願いします」と最敬礼で引き上げていく。続いて、若い女性が一人、テケツの前で考え込んでいる。「まだ割引はないんですか」「うーん、まだなんだよね」。さらに考え込む彼女を横目で見ながら、席亭が小声で「かわいい子だね」と言うので、「僕がいなかったら、割引で入れてるでしょ」と答えておいた。
 バカ話をしているうちに、ずいぶん時間がたってしまった。中に入ると、ちょうど小遊三が登場したところ。ありゃー、もう仲入前じゃん。
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 <4・19 新宿末広亭・夜の部>
 小遊三:道灌 仲入 北陽:武蔵旅日記 ローカル岡 柳昇:雑俳 小柳枝:長屋の花見 ボンボンブラザース 主任=昇太:マサコ
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 「アタシが終わると、皆様、待ちに待った仲入です。ま、死ぬほど休んでください」と小遊三はいうが、こちとらさっき入場したばかりで、ぜーんぜん消耗してないんだもんねー。それにしても腹が減ったなーと、弁当を持ってこなかったのを後悔しつつ、缶入りのミルクティーをゴクゴク。腹の虫は収まるどころか、かえって元気になった。中でチントトシャンと暴れなければいいが。
 パパンパンパンッ!と歯切れの良い張り扇の音を響かせて、後半一番手・北陽の講談が始まった。
 「講談でございます。といったって、世間は知らないなあというのは、重々承知しております。こないだ、アパートを借りようと思ったのですが、不動産屋が商売を聞くので、『講談です』と答えたら、『なんで公団の人がアパートに入るんです』と言われます。住宅公団、道路公団、それから講談社にも間違えられるんですが、三つも間違えられていながら、講談が出てこないのが情けない。講談師は全国で四十七人、ちょうど都道府県に一人の割合だから、知事と同じぐらいの価値がある・・・」と講談賛歌(?)はとどまるところを知らない。それにしても、よく舌が回るものだ。
 「昔は各町内に寄席があって、客をつなぎとめるために連続講談をやった。いいところというとこで『これから先が波乱万丈で、実に面白いのですが、残念ながら本日はこれまで』で切る。続きが聞きたくて次の日来ると、これがたいしたことなくて」などとエピソードを交えながら、張り扇のたたき方など、講談聴き方教室を開く。楽しく聴けて、知らず知らずのうちに講談とはどういうものかがわかってくる。寄席の講談師として、仕事のやりどころを心得ているのだ。ネタは若き日の宮本武蔵、ラストはもちろん、「これからが面白いのですが・・」である。
 「雑俳」は、柳昇のネタの中では一、二の出来だと思っている。ほのぼのとした長屋の風情と、あきれるほどのばかばかしさ。これが柳昇落語の魅力なのだ。
 「『古池や かわず飛びこむ 水の音』。これ、アタシが作ったんですよ。・・・・聞いたら同じようなのがあるんですってね」
 「(椿の題で)タンよりも 少しきれいな ツバキかな」
 「(ヒヤシンスの題で)熱が出て 氷で頭を ヒヤシンス」
 最前列の中学生、よーく聞いとけよー。
 ばたばたばたーと、いつもの調子でかけてきて、ざぶとんの上に軟着陸。トリの昇太が顔をあげて場内を見渡した。前のほうに中学生がいて、桟敷には若いカップル、後ろのイス席には年配のグループが陣取っている。「ううっ、だれに合わせてやっていいのか、わかんないー!」。ごもっとも、ごもっとも。
 「今の『雑俳』、柳昇から口うつしで習ったんですよ。必死で覚えて、師匠の前でやったら、『語尾が口篭るなあ』って言われたんです。で、師匠が考え込んでて、『なんでそうなるんだろう。あ、そうか、おれが教えたからか』ってことで、それからよそで習っておいでということになっちゃった。結局、落語は二つしか習ってないんですよ」
 「末広亭の楽屋にある火鉢、年中あるんですよ。夏はいらないだろうと思って片付けたら、あれはとっちゃダメだったんですね。歳取った師匠連が、火鉢をつっかえ棒にしてたんです。なくなったら、みんなゴロゴロ転がって・・」
 誰にも合わせていない爆笑マクラで、みんなを笑せてしまった。ネタは現代怪談の「マサコ」。季節はずれのお化け物だが、意外なコワさで、快調な高座。だが、マサコについて何も仕込んでいなかったため、サゲの「アレがマサコだ」がわからない。客席がアレレとクビをかしげているうちに幕が下りてしまった。
 新宿南口近くの回転寿司「大江戸」(だったかな?)で、生のりの味噌汁と焼きサーモン、しめハマチで腹の虫を抑えた。
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 金曜の午後は、ここんとこ毎週のように鈴本演芸場へ通っている。読売日曜版に連載している正楽さんのカラー紙切りの新作をもらいにいくのである。
 楽屋に入ると、正楽さんは早上がりだったようで、すでに姿がない。前座さんから、正楽自画像付きの特製封筒(実はただの封筒にボールペンで自分の似顔をかいたやつ)を受け取る。時計をみると、まだ三十分ほど時間が使えるので、そのまま客席へ。始めて聴く小せんの「動物園」で、ライオンの動作のうまいのに感服!続く喬太郎は、彼の新作の中では、フツーの寄席でよく受けるセクハラオヤジネタ「夜の慣用句」。
 「おまえら、新聞読んでるかー。読売新聞、読まなきゃいかんぞー。おれか?おれは東京新聞。安いからなー」
 んんん?この噺に読売新聞でてきたっけ?まさかとは思うが、僕がいるの、わかったのかもしれない。ううむ。あまりさぼっていると、誰に見られてるかわからんな、こりゃ。早くかえって、仕事の続きしようーっと。本当はこれからが面白いんだろうけどね。
つづく


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