東京寄席さんぽ3月下席

 祝日の20日は、部屋の整理に明け暮れた。そういうことは暮れの大掃除の時にやるべきこ
となのは百も承知なのではあるが、二年前の暮れのハードワークがたたって去年の正月に心筋
梗塞を患ったという悪夢の様な展開が今だ頭を離れず、今回の年末年始はなーーーーーーーー
ーーんにもしないで小人閑居してしまったのである。
 年に一度の大掃除をネグってしまうとですねー、さすがに部屋の秩序維持はつらくなるので
すよねー。もう、本とCDとゲームとビデオと雑誌と各種資料と金(これはあんましナイ!)
が勝手に自己主張をしくさって、もう限界。ついに数日前から、ブツの整理に取り掛かったの
だが、一日かかりきりでも光は見えて来ない。んじゃまた来月にでもと、得意の現実逃避も考
えたが、一度手を付けてたままほっぽらかした状態では、今まで使えたモノまで使えないので
あった。
 んーーーーー、もうしょうがないや。まずは昔懐かしいPCエンジン&セガサターン用のソ
フトを段ボール二つ半ほど運び出して、さらに「噂の真相」と「広告批評」と「ファミ通」の
バックナンバーを本棚約八十センチ分、えいやっと荷造りする(なまじ中身を見ちゃうと未練
が残るからね)。ものはついでとたまりにたまった落語のCD、ビデオ類を整理していたら、
もう日が暮れかけている。
 さて新宿末広亭へ行って、前夜さん喬さんと約束した「百川」見物を挙行・・・する気力は、
さすがに残っていない。あちらが飲み会のでのやり取り約束を覚えているかどうかはわからな
いが、約束は約束だもんなあ。ケータイがかからないので、留守電にしどろもどろのお詫びを
入れた。しかし、さん喬版「百川」は、本当に縁がない。一度お座敷にでも呼んで、たっぷり
祝儀をはずんで時間無制限一本勝負金網デスマッチで「百川」を聴いたら、さぞや気分がいい
だろうが、そんな甲斐性は、やっとこなんとか部屋らしくなった八畳間のどこを探してもない
のであった。
 ●★■
 さてはや。季節外れの大掃除が終わって、これからが中席の「さんぽ」なのだ。とはいえ、
すでにかなりの行数を費やしてしまい、僕の集中力は風前の灯状態。キーボードをたたく右手
のスナップがぐぐぐと重い。ついでに腰まで異様に重いのは、昨日、本やCDの束を上げ下げ
したせいだろう。もしやギックリ腰の前兆ではと、21日はそーっと出勤して、おそるおそる
お仕事をして、またそーっと帰って来た。
 22日の午後、まだ違和感のある腰をさすりながら、上野鈴本の昼の部へ。例によって、正
楽さんから「原稿、鈴本の楽屋に置いとくから、よ・ろ・し・く〜」と電話が合ったので、デ
スク兼ライター兼電話番兼使いっ走りの僕が、千代田線湯島駅経由でとりにいったのだった。
せっかくうだから、中入り後だけでも見ていこーっと。
   ●★■
 3・22<鈴本3月下席・昼の部>
 小せん:無学者 喬太郎:たらちね ニュー・マリオネット 権太楼:抜け雀
   ●★■
 小せんさんの「無学者」はくだらなさはつとに有名で、楽屋にもファンが多いらしい。僕が
行った時は、ちょうどいわゆる「魚根問」のくだりで、ここがまた、えり抜きのくだらなさな
のだ。
 「さかな、って平仮名でかくんですか?」
 「さー、かなの方がいい」 「エビはなんでエビというんですか?」
 「エビにはビタミンが多い。特に二種類多いのがあって・・・」
 「・・わかるような気がします。それじゃタコは?」
 「あれは昔、イボイボニョロニョロと言っていた。こんなものは日本のモノではない。タコ
くう(他国)のものだということになって・・」 「穴子は?」
 「あれは海の底に穴掘って生活してた」
 「それなら、ただアナでいいでしょ」
 「つがい二匹と、子供三匹、つごう五匹で暮らしてたんだ」
 ううう、誰か止めてくれ〜〜。でもせっかくここまで書き留めたんだから、決定版をもう一
発ね。
 「アンコウはなんでアンコウなんです」
 「あれは日本人は最初食べなかった。一九二〇年代の禁酒法時代に、アル・カポネが食べた
んだ。で、エリオット・ネスがカポネを捕まえた時、アンコウを見て、なんだこれは?カポネ
が食ってたのか?あんこくうがい(暗黒街)のものだなと言って」
 「ずいぶん手間がかかりましたねー」
 喬太郎の「たらちね」は、「子ほめ」とともに、彼が寄席で良くやるネタだ。教科書通りとも
いえるきっちりした運びなのだが、最後の最後まで来てマニア心を抑えきれなくなったのか、
「ええ、これからおいおい夫婦生活が始まるという、百万人の夜というオハナシでございます」
でサゲてやんの。こういうところが喬太郎らしいといえばらしいのだが。
 トリのさん喬はお休みで、権太楼が代バネだった。
 「えー、夜は左楽の披露目ですが、昼は・・関係ないです。(高座に置かれた祝いの酒だるを
ちらりとみて)だから、こういうの、邪魔です」って、とんでもないマクラをふって、「抜け雀」
へ。これが実に丁寧な演出なのだが、そのぶん長くて長くて。昼の部のハネが五時近くになっ
てしまった。しかし、昼の部でこの長講、いったいどんな意図があるのか、ここは出待ちでも
して、真相を究明せねばと考えたが、時間が時間なので、そんな悠長なことをしてはいられな
い。上野仲通りを小走りに、ソッコーで会社へ戻った。
 夜はイイノホールの「にっかん飛切落語会」へ。久々の変則連チャンである。
 今月初めの「高田笑学校」で、にっかんスポーツにいる知人にバッタリあって、「長井さんの
本、出たんだってネー。今度のイイノホールでチラシまいとくから、送ってねー」と夢の様な
提案をしてもらっていた、今日がその当日なのであるからして、腰がいたいの、飯を食ってな
いの、原稿の締め切りが明日に迫っているのと細かいことを言ってる場合じゃない。開演三十
分前に何とか大手町の会社を抜け出して、一路霞が関へ、である。
 考えてみたら、「にっかん飛切落語会」は本当に久しぶりだ。よく笑い、芸もそこそこ知って
いる、寄席とホール落語の中間という客層に支えられたアットホームな雰囲気が、楽しい。広
い会場なのに、客席にいると、ベテランにまじって腕試しをする若手の緊張や気負いや野望
(?)がジンジン伝わってくるのもいい。ただ、開演時間がやや早いのと、いつも超満員で席
を探すのが苦痛なので、去年の大病以来、ごぶさたをしてしまっているのだ。
 「にっかん」ばかりではなく、イイノホール自体も久しぶりだったが、中にはいると、あり
ゃりゃー、座席がずいぶんきれいになって、全体的に明るい雰囲気になっているじゃないの。
 きょろきょろしていると、中央通路の真ん中のブロック、つまり会場のど真ん中に、審査員
席(毎回二ツ目クラスの若手に出番を与え年間で賞を与えたりしているのだ)に、演芸評論家
のY田さん、O田さん、ソ二ーレコードのK須さんといったそうそうたる顔触れが座っている。
落語会自体にごぶさた、会場のホールにごぶさた、さらにさらに審査員にもごぶさたでは申し
訳ない。お詫びと挨拶に出向くと、「今日は審査員席がすいてるから、ここで見て行きなよ」と
誘ってくれる。「いや、それはマズイんですよぉ」などとやっているうちに、幕が開いてしまっ
た。場内は満員で、これから移動するのは明らかにハタ迷惑。お言葉に甘えて、Y紙、A紙と
いう二大新聞OBの間の席に座らせてもらった。なんか居心地が悪いぞー。
   ●★■
 3・22<にっかん飛切落語会>(イイノホール)
 好作:金明竹 円之助:こわめしの遊び 堺すすむ 楽太郎:死神 仲入 快治:うなぎや 
小三治:粗忽の釘
   ●★■
 ひさびさの「にっかん」、まず開口一番の前座に驚かされた。円楽一門にやたらにうまい若い
のが入ったと、噂では聴いていたが、どうやら目の前にいる立川談幸をちょいと若くしたよう
な着流しオトコが、それらしい。僕ら寄席の客は前座にうまい芸など期待しない。高座で声が
良く出て、楽屋でよく気がつく。前座はそれだけで十分なのだ。それにしても、入門数年のキ
ャリアで、何の下地もない若者に、これだけしっかりしゃべられては、他の前座はたまらない
だろう。まわりの審査員のみなさんも「これで前座なの?」と目をぱちくりしている。声柄よ
し、滑舌よし、仕種よし。入ったばかりでこんなにまとまっていては、今後小さく固まちゃん
じゃないか、というのは、何だかシャクなので、意地悪な言い方をしてみたんだけどね。三遊
亭好作。楽しみな若手が出て来たものだ。
 次の出番は、円楽党で好作の先輩にあたる二ツ目の円之助。この人もけっこう達者なばはず
なのだが、ネタを聴いていると、前座の好作と現在の身分ほどの差があるとは思えないんだよ
なー。
 ちょっと好作のことを褒めすぎかな、と思いながら、堺すすむのギター漫談を見ていたら、
今まで見たもの聴いたことがぜーーーーーーーーーんぶ、ぶっとんでしまった。堺すすむって、
こんなに面白かったのだろうか?いや、面白い、じゃないな。お〜も〜し〜ろ〜いーーーーー
ーーーーと、思い切り音引きを続けてもまだたらない。それほど、はじめた高座だった。
 「最近ねー、TMRに似てるって言われるんだけど〜、僕のがちょっと年上だから、向こう
の方が僕に似てんのねー。(前の席のおばちゃんに話し掛けながら)TMRって、知ってます?
知らない。んじゃ、僕の事知ってる?よーく知ってる!、じゃ、僕の方が有名なんだねー」
 愛嬌たっぷりの笑顔をふりまきながらの絶妙な客いじり。またたく間に、善男善女の心を捕
らえた後は、ダジャレ小ばなしのオンパレードである。
 「こないだギターの弾きすぎで右ヒジの曲がったとこが痛いので、仕事先の山形の病院にい
ったんですよー。傷み止めの注射をしてって頼んだら、できないっていうの。なーんでかと聞
いたら、こういう曲がり角んとこは駐車禁止だって。くっだらないでしょー」
 たわいのないギャグも、堺の話術で二階級特進ぐらいにはなっちゃうのね。前の席のご婦人
なんて、隣の人の肩にすがって笑っている。場内が十分過ぎるほどあたたまったところで、待
ってました十八番。「なーんでか?フラメンコ」のオンステージである。中身は、もう知ってる
と思うけど、フラメンコのリズムで歌う「なぞかけ小唄」(BY東京ボーイズ)みたいなもんで
すな。
 「マリナーズの佐々木投手は帽子を脱ぐと頭がくさい〜。な〜〜〜〜〜んでか?それはね、
洗髪(先発)しないから」
 ぐわははははは。もんのすごくくだらねー。満場の大爆笑の中、僕だけ一人、「なーんでか?
フラメンコ」の歌詞(?)をメモしている。隣の演芸評論Y氏が「きみ、なにやってんの?」
と不思議そうにのぞき込む。
 「だって、高座で堺さんが、笑ってないで覚えなさいよって、言ってるじゃないですかぁ」
と笑ってごまかしたが、ホントはなーんでか?それはね、読売の連載コラムのネタにするため
だったりして。
 仲入り前の「死神」は、いかにも楽太郎らしい理詰めの工夫に満ちている。後半、どの病床
に行っても枕元に死神がたっているので、金にならずに悩む主人公が居酒屋でやけ酒を飲む。
ふと前を見ると、箸置きに箸が前後逆に置かれている。で、そばにいた小僧に「おいなんだよ、
箸が逆だよ」と小言を言うのだが、これが伏線になって、布団を百八十度ひっくり返して枕元
の死神を追い払うクライマックスにつながるのである。こういう工夫をしらっと演じるあたり
が「腹黒の楽太郎」の真骨頂なのである。
 食いつきの快治が終わったら、あれあれ、審査員諸氏がぞろって席を立っていく。
 「どこいっちゃうんですか?」
 「ああ、今の快治で、今年度の審査対象の高座が全部終わったんで、これから別室で審査な
んだよー」
 「あっ、そーなんですか。んじゃまあ、いってらっしゃい」
 とはいったものの、満員の会場のど真ん中の一列だけだーっと空席が出来て、ぽつり僕だけ
が残っている。まぬけー。でもこれから他の空席を見つけるのは無理そうだし。実に居心地の
悪い状態のまま、トリの小三治を迎えた。
 最近では、トリの時の長ーーーーいマクラが有名になってしまった小三治だが、今日はあん
まり長くない。粗忽者の分類(?)をさらりとやってネタに入った。ところが本題が長い長い。
たんすを抱えて出ていったまま行方不明になり、夕方ふらふらになって引っ越し先にやってき
た粗忽な亭主が、今までどこでどうしていたのかを女房に説明するくだりが、もう微に入り細
をうがち、いつまでたってもおわらない。おかげで、ようやく話が一段落して、女房が「お前
さん、たんすを下ろしてから話せばいいのに」と行った時の亭主のしょうすいしきった顔が実
にリアルだった。
 あー面白かった。やっぱ「にっかん」はマメに来なきゃね。さっ、かえろー、じゃねーぞ。
僕の本のチラシはどうなっているのだろう。肝心なことを忘れていた、慌ててプログラムを見
ると、ありましたありました「新宿末広亭」のコピーが踊るチラシがはさんでありました。他
のお客さんがあらかた帰るまで待ち、さりげなく客席をまわって本のチラシが捨てられていな
いかチェックしていた怪しいオヤジは私です・・。
   ●★■
 翌23日、また鈴本の昼の部に行く。今日は、月九百円払えばインターネットで落語聴き放
題という「SSweb」の取材である。テケツの前で、権太楼さんとばったり。
 「おやおや、毎日だねー」 しまった、昨日客席でうとうとしてたの、気づかれていたかな
とヒヤリである。そうだ、この際、昨日からの懸案を解決しよう。
 「昨日の代バネ、なんであんなにたっぷり抜け雀やったんですか」
 「あ、あれ?稽古だよ。今度の日曜に池袋でおさらい会で抜け雀やるんだよ。ちょっと気に
なるところがあるんで、さらっておきたかったんだ」だって。それにしても、「おさらい会」の
ための「おさらい」って・・・。
 鈴本のロビーで新潮社の担当者に話を聞いていたら、「もっと小さい声で話して下さい」と案
内係の女性に怒られてしまった。お互い、好きな落語の話なので、ついつい大きな声になって
しまったようだ。と、今度はエレベーターの方から「おっぱよーございまーす」の声が。また
小言かと首をすくめたら、昼の部トリのさん喬さんが小さく手を振っていた。
 ひざがわりのニュー・マリオネットの出番で取材が終わったので、さん喬さんに挨拶したら、
「こないだ、来るって言って来ないじゃないの。百川、さらってたのにぃ。今日は百川、やん
ないからね」と、やっぱりしかられてしまった。
 トリの高座だけ、高座の袖で聴かせてもらう。今日は定番の「そば清」。主人公の清さんが
「どーーーーーーーーぉも」と、おなじみの嫌みな挨拶をかますたびに、客席から笑いの渦が
巻きおこっていた。
   ●★■
 週明けの26日、紀伊国屋ホールで「笑芸人大賞ライブ」を見る。
 高田文夫氏責任編集のディープな演芸雑誌が主催する「今一番面白い人たちを褒めたたえ
る」イベント。ま、中身は高田センセイがイチオシの芸人たちにボーナスを上げ、一緒に騒ぐ
というだけのものなのだが、受賞者がやたらめったら豪華なので、ものすごい入りである。
 若いお笑いファン(寄席ファンとは微妙に違う客層と感じるのはきのせいだろうか)の期待
でむんむんする場内。隅っこの補助椅子に潜り込んだ。
   ●★■
 03・26(月) 笑芸人大賞ライブ(紀伊国屋ホール)
  いっこく堂:ヴォイスイリュージョン のいる・こいる 昇太:力士の春 仲入 表彰式
(最優秀連載賞・立川談志 最優秀功労賞・内海桂子 銀賞・爆笑問題社長) 対談(金賞・
ビートたけし 高田文夫 浅草キッド)
   ●★■
 前半は高田ライブでおなじみの人々のおなじみのネタ。なーんだまたかと思いつつ、やっぱ
り大笑いしてしまう。緊張や不安や権謀術数など、余計なことを考えず安心して笑えるという
のも、いいものである。
 後半は良くも悪くも、談志家元のワンマンショーである。舞台に登場すればいいたい放題、
袖に引っ込んでいる時でも、他の受賞者たち(もちろん観客も)は、常に楽屋の家元を意識し
ているのである。それにしても、「笑芸人」という雑誌はまだ4冊しか出ていないのに、「最優
秀連載賞」(もちろん家元ね)なんてのがあるってのが、面白いよね。
   ●★■
 「笑芸人ライブ」の熱気に当てられたか、27日からは連日、寄席に登板する。三連チャン
は本当に久しぶりである。
   ●★■
  03・27<北陽合戦>(内幸町ホール)
 北陽 仲入 紋之助:ガメラ曲独楽 北陽:山本周五郎作のネタ下ろし
    ◆
 03・28<池袋・昼の部>
 小金馬:ずっこけ にゃん子・金魚 小団治:星野屋 志ん五:素人義太夫 仲入 新潟:
プチ・フランソワ二号(さくら) 伯楽:猫の皿 アサダ二世 円丈:あんたの聖家族(リク
エスト)
    ◆
 03・29<末広亭・夜の部>
 京太・ゆめ子 鶴光:荒茶の湯 寿輔:ぜんざい公社 歌六 雷蔵:禁酒番屋
   ●★■
 北陽独演会の再開一発目。会場の内幸町ホールは、あまり落語会で使われることがないので、
場所がよくわからない。とにかく新橋第一ホテルの裏辺りだろうと探し歩いたが、なかなかみ
つからない。気がつくと、同じ目的らしい若い衆があちらの角に二人、そちらのビル脇に一人。
もう、オリエンテーリングじゃないんだから。
 なんとか会場にたどり着いて、受け付けで「迷いましたよ」というと、「みなさん、そういっ
てます」だって。
 とりあえず一番後ろの席に座ると、横に並んでいるのはA社OBのO氏と某ソニーのKプロ
デューサー。「にっかん」の時とおんなじ顔触れだ。今度は途中で置いてかないでねー。
 「ところでKさん、ここ、すぐわかりましたか?」
 「ええ。花緑の会はここでやりますから。あれ?知らなかったんですか」
 「・・・はい」
 余計なことをいったおかげで、花緑の会に行ったことがないことがバレてしまった。あせあ
せ。
 翌日の池袋は、トリの円丈がリクエストでネタを選び、それをCDに録音して「円丈傑作集」
を作るという。こういう面白イベントは逃してはならじ、である。
 前半、小団治「星野屋」、志ん五「素人義太夫」(志ん生型の「寝床」、「そこがアタシの
寝床なんです」のサゲがない)と、本寸法の芸を楽しんだ後、後半は円丈・新潟師弟のハチャ
メチャ競演になった。
 しかし、どうしたのだろう。新潟クンの定番ネタに、意外や客席の反応が鈍い。このネタ、
どう受け止めたらいいの?という感じなのである。新作ファンが圧倒的と思ったが、けっこう
フツーの客層のようなのだ。
 トリの円丈もそのへんに気がついたのだろう。新作ばかりのトリネタ・リクエストという企
画を前にして、「新作ですからね、江戸情緒なんてありませんよ」なんて言ったりして、手さぐ
り状態なのである。
 高座には、円丈・新潟師弟が並んで座り、新潟が新作十四本のタイトルが書かれたパネルを
持って、ネタ決めである。それぞれのネタの下には、難易度ランキングもような物がアリ、「パ
パラギ」の項には「自信▲、覚え×」なんて書いてある。「▲」と「×」のネタなんて、何で出
すんだよー。
 で、肝心のネタ決めなのだが、会場から「グリコ少年」、「悲しみは埼玉に向けて」なんてリ
クエストがでると、「それはもうやりました」「これはまだ覚えてない」「こっちのは、明日
やる」なんていいながら、みーんな却下。結局、本人が「お勧め」だという「10倍レポータ
ー」と「あんたの聖家族」の二つで多数決することになってしまった。こんなんでリクエスト
になるのだろうか。
 挙手が多かった「あんたの聖家族」は、去年のネタ下ろしだという。新しい作品なので、ま
だ忘れていないということか。
 「これはですねえ、なんでもかんでもアンタのせいにしてしまう家族の話」って、「聖家族」
とは名ばかりで「アンタのせい」がメーンテーマだったのである。この日の高座のテンション
はいまひとつで、残念ながら「怪しいオジサン」モード全開!というところまでは行かなかっ
た。しかしまあ、最近、新作派の親玉にまつり上げられてしまい、「後進への芸の継承」なんて
ことを話していた円丈が、「やっぱりオレがやらねば」と再び立ち上がってくれたのは、素直に
うれしい。CDはもちろん、どんどん寄席に出て、怪人ぶりを発揮して欲しいぞ。
 寄席通い三日目は、冷たい雨の降る新宿である。遅れていった上にモギリの前にいた席亭と
つい話し込んじゃったので、気がつくと、もう従業員たちが木戸を閉め始めているではないか。
あわてて、中に入ったが、体はすっかり冷えているのに、空調は動いていない。コートを来た
まま、演芸を見るのは、どうも落ち着かない。こういう夜に聴く、歌六のノコギリ版「悲しい
酒」は、ほんとに物悲しいのだった。
   ●★■
 楽日の30日。さすがに今日は寄席に行く用事がないもんねー、と安心していたら、正楽さ
んから「鈴本に日曜版の原稿を置いて行くから、午後取りに」という連絡が入った。
 うーん、鈴本の昼の部は、今週、もう二回も行ってて、楽屋に挨拶はしても、ろくに高座を
みていないんだよねー。それでまた今日、原稿だけ取りに行くのもなんだかなあ。さん喬、喬
太郎師弟と会うのもばつが悪いし・・、てなことを勘案し、昼の部の終演のころにそーっと行
くことに決定っ!というわけで、午後5時ちょっと前に鈴本の前に立つと、ちょうど今終わっ
たところという感じなのだ。フツーは四時半過ぎには客が出て来るのに、この遅れは何?客の
中に知り合いの I夫人を見つけたので、様子を聞いてみると、「トリのさん喬さんが子別れ
をみっちりやってくれたの。ラッキー」だって。そーか、さん喬得意の長講が楽日に出たか。
それじゃ、まだ楽屋にいるのかしらと入っていったら、エレベーター前で、さん喬一門にみつ
かってしまった。
 「おはよーございます。今日は子別れだったんですって?」
 「そうだよ。長井さん、聴いてくれたの?」
 「いや、その、実は今来たばかりで、ムニャムニャムニャ・・・」
 「ま、いいや。今日は楽(日)だから、これからみんなでトンカツ食べに行くんだ。一緒に
おいで」と、そのまま、菊丸、喬之助、お囃子さんらと、ずるずる広小路裏の「井泉」へ。わ
けがわからぬまま早い夕飯をごちそうになってしまった。結局、正楽さんの原稿は前座のさん
太くんにひとっぱしり、とってきてもらったのでした。気がつけば、部屋の整理と寄席通いで
終わった(もちろん、本業もちゃんとやってんだかんね、おれ)慌ただしい十日間は、やわら
かい「ひれかつ定食」とともに、あっという間に消化されてしまったのであった。
つづく


お戻り


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たすけ