東京寄席さんぽ2月中席

 大病をしてから、からきし根性が無く、土日に寄席見物に行くことがほとんどなくなった。
埼玉県三郷市の我が家から、最寄のJR新三郷駅まで、寒風吹きすさぶガラーンとした道を徒
歩で約十五分。一時間に四、五本来るか来ないかの武蔵野線に乗って、武蔵浦和駅まで二十二
、三分はかかる。ここでまた接続の悪さを我慢して、やっとこ来た埼京線に揺られて、二十分
ちょっとで池袋演芸場だ。末広亭に行くとなると、さらに新宿まで行って、三丁目まで歩かな
ければならない。ま、茨城県守谷町あたりから池袋へ行くことを考えれば(守谷の人、ごめん
ねー。単に同僚が住んでるというだけで他意は無いからね)、まだほんのちょっとましだけど
、せっかくの休み、残り少ない人生を、武蔵野線や埼京線の接続待ちなんかで使ってしまって
いいのだろうか!!!と、ついつマイナス思考に陥ってしまう僕を誰が責めようか、責められ
るかのしれんが。
 というわけで、休日寄席出勤の少ない僕が、日曜で祝日(建国記念日)というダブル休日の
十一日に、わざわざ池袋の都民寄席まで出かけたのは、もちろん深ーいワケあってのことだ。
実は平成十二年度から、東京都民芸術フェスティバル(だったか)の一環として、もおう十数
年開かれている「都民寄席」の実行委員をおおせつかってしまい、高座にあがって「寄席解説
」なるものをやらなければならない。都立小松川高演劇部出身の僕としては、舞台に立つのは
やぶさかではないが、寄席の高座となると経験が無い。拙著「新宿末広亭 春夏秋冬定点観測
」のキャンペーン(?)で、昨年暮れに末広亭、今年初めに池袋演芸場の高座にいただいたが
、さん喬、権太楼両師に促されるまま、ただお辞儀をしていただけである。「寄席解説」なん
て、どーやればいいのか。それも、僕がしゃべるのはキャパ二千人におよぶという八王子市民
會舘の大ホールだというから、おだやかではない。とりあえず先輩委員の解説ぶりを参考にし
ようと、池袋会場までのこのこ足を運んだのである。
 今日の市民寄席は浪曲特集である。
<都民寄席>2・11 東京芸術劇場
 富士路子:相馬大作・神宮寺川 五月小一朗:貧の意地 仲入 大西信行:解説 玉川福太
郎:清水次郎長伝・お蝶の焼香場 東家浦太郎:野狐三次・宇津谷峠
 開演時間の午後二時ちょい前に行ったら、会場は、いかにも浪花節好きといった感じの善男
善女で満員だった。人ごみをかきわけて舞台袖まで行くと、東家三楽、沢孝子、春日井梅光と
いった幹部連中がそろっていた。お目当ての大西信行実行委員は場内にいるということなので
、東武百貨店地下で買った陣中見まいの「松蔵のワッフル」を、一番若そうな五月小一朗くん
にわたして、客席へ回ることにした。大きなマスクをした小一朗君は「風邪で熱っぽくって」
と元気が無かったが、今日の抜擢の舞台、大丈夫か。
 場内に入ると、後方の座席で、大西さんが手招きをしている。「先生の解説を聴きに来まし
た」と挨拶したら、「そんなのいいから、若いやつを聴いてあげて」と言われた。大西さんは
舞台作家として有名だが、浪花節再興に賭ける情熱も半端ではないのだ。
 その大西さんが選んだ番組らしく、意欲的なネタが続く。若手の有望株、路子の「相馬大作
」は、めまぐるしいほどにいろいろな節が登場し、浪花節本来の豊かさを再認識できるが、演
じ手にとっては実にやっかいなネタに違いない。若い路子には、やや無理筋な注文ではあるが
、未熟ながらもケレンのない熱演で、会場の暖かな拍手を集めていた。いいよお、路子。
 続く風邪っぴきの小一朗は、太宰治の短編を浪曲に直したネタに挑戦した。小一朗の難点は
、声である。声量のなさをテクニックでごまかそうとするので、ちまちまとした節になってし
まうのだ。この日の「貧の意地」は、声をあまり気にしないでできる淡々とした物語だが、体
調不良もあってか、聴く側に訴えてくる「何か」がたらない。姿形の良い若手だけに、なんと
か育ってほしいというのが関係者全員の気持ちである。目先の技術に気を取られず、ハートの
ある浪花節を目指してほしい。何かを訴えたいと思っていれば、声は必ずついてくると思うの
だが。
 仲入をはさんで、いよいよお目当ての寄席解説だ。ハンドマイクを持って、どんちょうの前
に現れた大西氏の堂々としていること。「二十一世紀最初の都民寄席にようこそ」と挨拶して
から、「判事の妻のストーカー事件」について話しだした。あれあれ、どうなるのかと聴いて
いたら、「あの次席検事が情報を流して身内をかばった。こういうのをナニワブシ的といいま
すよね。ただ、ナニワブシ的というのは、昔は悪い言い方じゃなかったんです」と見事に浪花
節と結びつけた。こりゃあ、うますぎて参考にならんわ。
 後半は、玉川勝太郎亡き後の浪曲界をしょってたつ中堅二人の競演だ。福太郎は、浪曲師ナ
ンバーワンの大声を使って、明るく大きな次郎長伝をうなった。特に森の石松のこぼれるよう
な愛嬌がいい。隣の席で沢孝子さんは「よく勉強してるわねー。ああいう石松ができるのは、
男前じゃないからよねー。あの顔で得してるわねー」とやたら感心している。でも沢さん、さ
っき福太郎が出てきたとき「いい男っ!」と掛け声かけてたじゃないの。
 トリの浦太郎も美声で負けていない。主役の野狐三次が登場しない地味なくだりだが、丁寧
な描写で、江戸の空気を場内に満たした。
 久しぶりに浪曲を堪能したが、さて、三月二日の八王子都民寄席はいかがいたそうか。「好
きなことしゃべればいいんだよ」と大西さんに励まされたが、よい思案が浮かばないぞ。
 中席の鈴本は、久しぶりに五街道雲助がトリをとる。先月やった長講「双蝶々」通しも聴き
逃したし、鈴本はなんとかいきたい。仲入前に権太楼も出るしなー。十日間あるからと油断し
ていると、たいてい面倒な仕事が入ったりするので時間が開いた十三日にすっとんでいった。
 <鈴本・夜席>2・13
 (途中から) 文楽:千早ふる 正朝:りんきの独楽 仲入 佐助:締め込み 金馬:孝行
糖 仙之助・仙三郎:太神楽 雲助:宿屋の富
 お目当ての一人、権太楼は休みだったが、代演の正朝の出来が実にいい。やきもち焼きのお
かみさんが可愛らしいし、小遣いひとつで旦那側にもカミさん側にもついてしまう節操のない
丁稚が生き生きと描かれている。小ぶりな噺の中に、落語国の気分が際立っているのだ。
 食いつきの佐助は、席亭のお気に入りか?鈴本では深い出番が多いよね。好もしい熱演だが
、ちょいと肩に力が入りすぎて、聴いていて疲れるんだよなあ。
 トリの雲助は、志ん生十八番の爆笑篇。どこから出るのがという、雲助のけたたましい声が
、富くじ会場の熱気と浮かれ気分を的確に描き出していく。全体的にはマンガチックな演出の
印象が強いのだが、千両富が当たって仰天する一文無しと、安宿の主人の描き分けなど、実は
細部にまで目配りがされていたりして。豪快で繊細な雲助の面目躍如。よーし、あと二、三日
は通っちゃうぞ。
 14日に国立小劇場で文楽「国性爺合戦」を観た後、週末は休養に勤める。この間、かかり
つけの病院で「心電図に乱れがある。退院後一年たったし、検査入院してみれば」といわれて
以来、どうも体調がよろしくないのだ。検査とアタマについても、入院は入院。一年前の大病
のことなど思いだして、どうも気勢があがらない。きっと、こういう時に落語を聴いても、落
ち着かないし、楽しい気分にならないだろうなと思いながら、来週の入院に備えて、原稿の書
きだめと、デスク作業の引継ぎ資料の作成で、土日はあっという間に暮れてしまった。
 19日の月曜日、国立演芸場をのぞいてみた。以前、木村万里さんから招待券をいただいて
いたのが、もうすぐ期限切れになることを発見、慌てて駆け込んだのだ。タダ券があるとは、
いつもこうだ。そういえば、下席の浅草演芸ホールは、一ヶ月有効の招待券(某Y社の販促品
)を持って滑りこむ客で満員だというのがネタにあるよね。
 <国立演芸場・昼席>2・19
 マギー隆司:マジック 寿輔:妻の酒 仲入 枝助:漫談 ボンボンブラザース 
 小遊三:百川
 場内は、ほぼ満員だ。ここって、いつ来ても入りがいいよね。団体さんもよく入ってるみた
いだし、きちんと営業やってるんだろうなー。
 芸人さんの方も、平日の昼席でこんなに客が入るとびっくりするようだ。
 「ええっと、なんか緊張するなー。こんなにお客さんが入ってることでやるの、もう二度と
ないかもしれないですね」とマギー隆司。普段は両国寄席を中心に活動しているだけに、会場
の大きさだけでびびっているようだ。でも、芸の方は快調で、得意のベタベタな駄洒落トーク
でしっかり笑いをとっている。あいかわらず、あんまりマジックはやんないんだけど。
 寿輔のネタは、おそらく先々代の三升家小勝の作だろう。古い新作というのだろうか、「酒
を飲んだことのない妻にのませる」という設定自体、今時のハナシではない。寿輔のキャラク
ターと、熟年中心の客層という状況では、そこそこウケていたが、若い人にはつらいだろうな
ー。
 小遊三の「百川」は最近よくかけているネタらしい。ぽんぽんと弾む口調も噺によくあって
いて、楽しく聴けたが、ラスト近く、三味線の箱を、医者の薬箱といい違えてしまった。調子
で聴かせる芸なので、終盤でリズムが狂うと、全体の印象まで悪くなる。残念。
 翌20日は、新宿のプーク人形劇場へ。東京かわら版のご厚意で、「落語21」の公演会場
で、僕の本の宣伝チラシをまかせてもらうことになったのだ。チラシのはさみこみ作業までや
っていただいて恐縮恐縮。新潟「ビバ・ニューヨーク」、喬太郎「お富さん」と聴いたが、体
調も気分もすぐれず、後半は聴かずに失礼する。それにしても喬太郎、あの「千早ふる」の続
編で、「お富さん」の歌詞のワケを訪ねるという、時代設定も何もない、ヤケクソみたいなネ
タはないんじゃないか。落語界きっての才人だけに、しっかり笑いをとっていたけれど、”新
しい”新作落語の会として方向を模索中の「落語21」でこういうヘナチョコネタをかけるの
は、客に「こんな会か」と思わせてしまう危険があるということを考えたことがあるのだろう
か。「仇なすガーターの」という色っぽい展開、僕は好きだけどね。
 あすからは二泊三日の検査入院だ。カテーテル検査の後は十時間前後の絶対安静を強いられ
るはずなので、「円生百席」を数枚持っていくことにした。

つづく


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