定点観測「新宿末広亭」番外編その4

番組 :平成十二年一月中席・昼の部 主任 :円歌 日時 :一月十八日(火) 入り :満員(終演時) リポート  前々から落語に興味はあったのだけれど、実際に 生の高座に足を運ぶようになったのは最近のことで す。東京生まれの東京育ちですが、3年前に京都で 一人暮らしを始め、生きている内に米朝を見ておこ うと思い「米朝・志ん朝二人会」に行きました。 やっぱり楽しいなあ、これからはもっとしょっちゅ う行かなくちゃ、そう思って、何度か米朝の会に。 しかし残念ながら、枝雀はすれ違ったまま永遠に逃 してしまう羽目になったことが、今の内に見られる 芸人を見ておこうという気を起こさせて、東京に帰 省できる立場を利用しての寄席通いが始まったので した。寄席に行くのはまだ6回目で、こんな文を書 いて人様に見せられるものでもないのですけれども、 他の方のリポートが来るまでのつなぎとして、駄文 を物しました。新米落語ファンの目からはこう見え た、というお話です。 前座、えびー太の「魚根問」(?)。去年の八月に もこの人の「子ほめ」を聴いたことがあるが、その 時より聴きやすくなっていたと思いました。 次が歌武蔵。「まずは自己紹介から」といって、バ スの中からバイクが転倒したのを見たという事故紹 介。 近藤志げるの漫談、野口雨情物語。登場人物の言動 から或る種の情緒が浮かび上がっていく人情噺なん かには何の違和感も感じないのだけれども、それと は違った地の語り自体のウェットな情緒に戸惑って いる内に、「さあご一緒に」と「赤い靴」を客席と 合唱。不意に高座と客席の境界を崩されて、困惑は 更に。私も「しゃぼん玉」や「あかとんぼ」は好き なんですけどね。 次はあし歌の「子ほめ」。登場人物の切り替えが弱 くて、二人の人に別れ切れてない気がするのですが。 無粋な話、末広亭を出て喫茶店に行った私と連れと の間で、結局あし歌さんが男なのか女なのか、意見 が分かれました。私は女性だと思うんだけど・・・。 あし歌さん、どっちにしてもごめんなさい。 次、小勝の漫談。「日本の話芸」で「鼠穴」を見た くらいしか知らない人。その「鼠穴」、私は何とも 思わなかったので期待していなかったのだけど、老 人ホームの慰問の話、毒があっておもしろかった。 やっぱり一回だけの高座で芸人さんを判断しちゃい けませんね。いずれ落語も聴いてみたいと思いまし た。こういうのは幸せな思い違いです。 松旭斉菊代の奇術、ビール瓶が浮くというマジック。 その後、ビールをお客さんに振る舞って、「乾杯!」 でお開き。5人くらいにビールを配る間、間延び感 もあるんだけど、これが寄席の時間の流れ方なのか な、なんて思いました。 若円歌も漫談。「既に勝っている馬が分からないで どうしてこれから勝つ馬が分かるんだ」と歴代のダ ービー優勝馬を列挙。「さすが末広亭のお客さん、 16代目で拍手が来ました。」 円窓は、演題の分からない話。金のなくなった男が、 あおという貧馬を川に連れていって、ざるで銭を洗 っている。長者どんがそれを見て何をしているのか と聞くと、「あおが毎日糞と一緒に銭をたれる。そ れを洗っているんだ」と言うので、長者があおを買 い取るという話。私は円窓は初めてだったけれども、 あんまり感心しませんでした。「落語は見るもんじ ゃない、聴くもんだ」という説教臭い枕を長く話し た後、正面の時計に目をやったかと思うと急に話に 入り込むのも、何かあからさまな感じ。 更に何か違和感を感じていたのだけれど、後で連れ と話して原因が分かりました。枕と本題とが何の関 連もなく、ということは何の説明もなくいきなり「 昨日は長者どんにえれぇすられちまっただぁ」と言 われて、状況の把握に戸惑ったのでした。これって すっきりとした入り方と言うのでしょうか。方言口 調で「長者どん」が出てくる環境だから田舎の話だ な、というのは分かるけれど、その長者に「えらい すられる」ってどういうことか、ピンとこない内に、 「裏のあおも・・・」なんて話を続けられても・・ ・。あれだけ長いまくらをふるくらいなら、少しで もいいから、「昔は村の長者が胴元になることもあ ったようで」とかなんとか一言入れてくれもいいん じゃないだろうか。  次のさん助は、枕がゆっくり聴いていられないく らい早口。笑う暇もない。さっさーっと「親子酒」 を片づけて、踊り。私は寄席通いの日が浅く、噺の 後に芸人さんが踊るのは、話には聴いていたんだけ ど初めて見ました。踊りはよく分からないけれども、 物珍しかったです。 ひろし・順子は、ひろしさんが温泉に行くという設 定で、順子さんが旅館の女将、芸者、バーのホステ スになるというもの。たっぷりと。 圓菊、「宮戸川」。私はこの師匠が大好きです。「 よいしょぉ!」と出てくる途端に、私の贔屓目もあ るかも知れませんが、ぱーっと高座が華やぐ感じが します。鈴本の最前列で聴いたことがあるんですが、 本当に優しい目をしているんですよ。その時は、最 後に下がる時、私の目を見て扇で指してくれて(と、 当人は思っていて)、一日いい気分でした。こんな ですから、師匠が何をやっても嬉しいもんなんです けれども、今日は特に調子がよろしかったみたいで す。この師匠、性も年齢も超越した感があります。 若い男女が一つ布団で・・・という噺をやって、全 然生臭くない。いい噺家は年を取っても老人になる のではない、老人にもなるというだけだ、なんてこ とを思うのですが、私の短い鑑賞歴では断言できま せん。今後の寄席通いで検証していく予定。ともあ れ、師は確か満で数えれば今年古稀のはず、いつま でもお元気で。 次は馬風。「会長への道」というのか。前々から評 判は耳にしていて、一回聴いてみたいと思っていた ので、嬉しかった。ただ、くすぐりで「こぶ平は馬 鹿でしょうがない。楽屋で誰も口きかない。」って いうのは、どうでしょう。別にこぶ平ファンでもな いし、どういう人かもよく知らないんですけど、本 当にありそうだなあと思ってしまって、冷たい笑い に感じてしまう・・・。小米朝の、「上手く行けば 志ん朝師匠になれますが、下手すると林家こぶ平に なってしまいます」ってのは何ともないんですが、 自分がこぶ平の方に立って言うのと、こぶ平を突き 放して言うのとの違いなんでしょう。 次、プログラムでは小猫。実は私の中学時代の同級 生が、猫八の娘なのです。(まねき猫ではなかった はず。)当時、何でそんなことを聞く気になったの か、「小猫ってどんな人?」と尋ねたら、「やらし いから嫌い」なんて言ってたっけなぁと思いながら 出を待っていたら、何と代演でのいる・こいる!得 したぜ!って言ったら小猫に悪いか。小猫も一度見 てみたいんですけどね。とにかくのいる・こいるは 前に見たときと同じように面白かった。「へーへー、 ほーほー」。 歌る多は「錦明竹」。私は今京都に住んでいるんで すが、さすが芸人さん、達者な関西弁ですね。ただ、 何度も繰り返す口上、一回くらいはもう少し聞き取 り安くしてもいいんじゃないかしらん。最後に言う ときにさげに関わる部分だけゆっくり言って強調す るのだと、落ちたのは分かるんだけれども、その時 のインパクトが今一つ来ないように思いました。 小三治が中トリ、「二人旅」。淡々と・・・。全然 関係ないんですけど、最近出所した上佑氏が、どこ となく小三治師に似ている気がして、テレビを見て いると師匠に申し訳なく思うこの頃です。 食いつきというのでしょうか、仲入り後のさん八は、 小さんが園遊会に出たときの話。昭和天皇の真似は よく似てるけれども、今上はもう少し声が高いんじ ゃないかな。あと、肝心の小さんの物真似はしない の? うたじ・ゆめじ、たすけさんの定点観測でもおなじ みの「シジュウカラ」のネタ。今月五回寄席に通い、 4回このコンビに当たって、4回ともこの話。芸と は何度聴いても楽しいものなのだろうけれども、私 はいい加減別の話も聞きたいなあ、と思いました。 季節外れのうなぎのネタでもいいからお願い!ひと 月に5回行く方が悪いのか知らん。 次、文楽の「狸賽」。この師匠は、何となく好きで す。枕の、「満員ならいいかと言うとそうでもない、 少な過ぎてもやりにくい、どのくらいがいいかとい うと・・・丁度今日くらい」というのも、寄席では 珍しくない言い様だけれど、嫌味でもなく形ばかり というのでもなく、私には丁度いいみたい。去年の 夏に同じ文楽師で「狸賽」を聴いたときには、さげ は、何も言わずに、笏を持った仕草をして目を剥い て口を膨らませる、という形でした。今回は、「狸 が冠をかぶって笏を持って、天神様の格好を」と言 うもの。これは客に合わせて変えているんでしょう か。この話、米朝のも聴いたことがあるんですけど、 私にはさげがストン行かない感じがするんです。文 楽師も色々試しているのかしら、とも思うところな んですが。 小せん、漫談。狸の肉を振る舞われる、という話。 これもよく聴く話。小せん師のほんわかした雰囲気 は好きだけれども、この話も3回めくらいなので、 そろそろ別の噺が聴きたいなあ、と思いました。別 の日に聴いた「替り目」も「犬の目」も、本当に楽 しかった。漫談の割合をもう少し減らしてくれると、 聞き始めの小せんファンは嬉しいのですが。 小円歌、三味線漫談。曲名を教えてくれたんだけど、 メモするのを忘れました。「見せ物小屋」だったか なあ・・・。鈴本で前に聴いたときより、聞き取り やすかった。この人、美人だし色気があるんだけど、 話をみんな眉を動かして落とすのは、一本調子では ないかしら・・・。「若円歌さん、若くなぁいんで すの」って言ったりする時の、あの眉です。最後に かっぽれも踊ってくれました。私に踊りの理解が全 くないのは前にも書いたとおりで、このかっぽれも よく分からなかった・・・。明るい感じの踊りなの かしら、と思ったんだけれども、合ってますか? トリは円歌、「中沢家の人々」。今日はほぼフルバ ージョンだったようで、たっぷり聴きました。「大 勢様のお運びで」と頭を下げて、話は乱暴な口調で、 時には「これが分からない奴は二度と寄席に来るな !」とまで言い、最後にまた丁寧に「今年もよろし くお願いします」と頭を下げて、途中なんの違和感 もないのは、まさに芸ですね。沢山笑い所のある話 ですが、私は、「お前らみんな前に入れ!」と、「 可哀相なのはハトだよ、貰えるんだか貰えないんだ か分かんねぇ」というのが特に好きです。時に、こ の噺の途中から私の体調が急に悪化。頭痛がするの です。これは真面目に考えているんですけれど、空 気が薄い気がしました。あの狭い室内で、補助席を 出すくらいの満員だったんです。隙間風が入りそう でもあるんですけどね。他に、満員の末広亭で酸欠 気味になったという方はいますでしょうか。 今回、少しだけ気になったのは、仲入り後の話が、 文楽師以外はどれもつい最近別の場所(鈴本)で、 しかも複数回聴いた話ばっかりだったことです。前 にも書いた通り一月に5回も寄席に行ったので、重 複するのが当たり前なのかもしれませんけど、ゆめ じ・うたじの4回中4回というのは・・・。噺家で も漫才師でも、この師匠であの噺を聴きたいなあ、 とか、今日は何を話してくれるのかなあ、と期待す る気持ちは、いつまでも持っていたいと新米は思い ます。それでも、初めての末広亭は物珍しさもあり、 圓菊師匠の熱演もあり、やっぱり寄席はいいなあと 思いながら外に出ました。その後は、連れと一緒に 伊勢丹の中の喫茶店へ。いつもの如く、プログラム を片手に、似てない圓菊師匠の口真似なんかを時々 しながら、延々と話し続けたのでした。 「定点観測」番外編 星野佳之


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