定点観測「新宿末広亭」番外編その3

番組 : 平成十二年一月下席・昼の部 主任 : 三笑亭夢楽 日時 : 一月二十四日(月) 入り : 約六十五人(十三時四十五分入場時) リポート  たすけが元旦に倒れ「定点観測」が途絶えてしま った。大事には至らなかったが入院中である。彼が 続けていた頃にはほとんど反応が無かったこのペー ジも途絶えたとたんに続けろとか、止めるな、など の身勝手なメールが舞い込む。当たり前だった事が 当たり前で無くなったのだからだ。  あほまろは蒸気機関車が好きだ。小学生の頃から 近所の連中にバカにされながらも当時高かったフイ ルムを大量に浪費した。それが昭和42年頃からバ ブルのような蒸気機関車ブームが到来し、蒸気機関 車はSLと改称された。そんなブームのおかげで現 役時代の蒸気機関車の写真が結構な金になり、今の 事業を始める軍資金ともなった。  蒸気機関車は当時はあたり前に毎日走っていたし、 誰も珍しくは思わなかった。反対に煤煙を嫌り迷惑 者のように扱われていた。それが、終息を向かえる 数年間だけは皆が懐かしみ去る者の哀愁ともてはや され、にわかSLファンが大勢沿線に詰めかけた。 そんな騒ぎにあほまろは参加しなかった。よそ行き の格好をした蒸気機関車が嫌いだった。  あほまろは人形町末広亭の晩期を知っている。高 度成長の真っ只中、ちょうど都電が荒川線を残して 全面廃止の年だったと記憶している。路面電車の線 路沿いにカメラを構えた大勢の人々が別れを惜しん でいた。東京オリンピック(昭和39年)時には、 都市の美観と交通の妨げになる都電を廃止せよ! なんて運動も起こっていたのに。そんな東京都電と 対照的に二、三人の新聞記者にみとどけられながら 最終興業日も満席にもならずに人形町末広亭は密か に閉めていった。しかし落語ファンは当時から寂れ た人形町が無くとも都内の繁華街にまだ多くの寄席 が賑わい、特に惜別の念は無かったのだった。  久しぶりに新宿末広亭に入って感じたのがそんな 昔の記憶だった。ゴキブリが走り回る傾斜して座り にくい桟敷。ひびが入った壁に根を張る雑草。使用 禁止の張り紙も煤けてしまった男子便器。栄華を誇 った時代から代を重ねた古参の蜘蛛達に守られてぶ ら下がる破れ行燈。たすけはこんな状況を哀れんで この定点観測を始める要因になったのであろうとし みじみ感じるのであった。  「親の御影とまりたる心地する古きすみか」  いままでの「定点観測」を振り返り、たすけの偉 業をあらためて感心。早く良くなっての再開を期待 したい。  正月の寄席は上席を初席、中席を二之席と称して 特別扱いとする。末広亭の場合の初席は元日から十 日まで落語芸術家協会、十一日から二十日までは落 語協会と初春特別公演を行っている。特別と言って も特別凄いネタを演じる訳でなく新年のご挨拶と簡 単な漫談で木戸銭も御祝儀相場。落語ファンは期待 を裏切られた気分になるのだ。正月気分も抜けた下 席になってやっと普通の寄席に戻る。  柳家金五楼が言った。噺家はいかに上手に恥をか くことができるかだ、恥をかくから金になるのだ。 鮮やかな茶黄色の衣装で淡々と喋る三遊亭笑三の漫 談。やる気のない雰囲気の喋りに客もしらけ笑う物 も無く帰る人も。これが恥をかくって事なのか。  打って変わって次の春雨や雷蔵は最初から元気良 く飛ばす。70過ぎた婆さんが、水泳を習いにきた。 三途の川を渡るのに銭取られるのが嫌だから自分で 泳いで渡りたいという。練習のかいがあって泳げる ようになった。そしたらそこの嫁がやって来て先生 おばあちゃんにターンだけは教えないでください。 今まで静かだった客席が大きく沸き上がる。そんな まくらで山田喜三朗が話に登場、手紙無筆であった。  驚きの変身は松旭斉八重子。今日は黒の羽織に大 きな桜をあしらった和服姿で登場する。手品の道具 入れも同じ柄で揃えている。上沼恵美子に似た雰囲 気の彼女はいつもムームー姿で登場するのだがこん な衣装も持っていたんだな〜。関心関心!  次の桂文治は奇術は騙しても詐欺にならないのが おかしい、騙されて喜んで手を叩いてるのは、ばか ばかしいではないかと、ちょっと不機嫌なようだ。 また場内がシーンとなって帰る人も。そんな人を睨 みながら文治の車屋が終わり中入りとなった。  中入り後客はちょっと増えたがそれでも70名程 度、出たり入ったり、最初とあまり変わらない。  喰い付きは山遊亭金太郎。時の流れは早い物でも うすぐお正月がやってくるのだからねー、だれも笑 わない。寒いときは夜鷹蕎麦、昔は夜鷹が好んで食 べたので夜鷹蕎麦とよばれている。今の娼婦はパン を食べるのでパンパンというらしい。ちょっと笑い が、ほっとしたのか間を置いて時蕎麦を始める。 わざとらしい巻き舌が折角の江戸弁を田舎弁にして しまいテンポも悪くて芸も荒いためか、これも誰も 笑わない。時節ネタでみんなが聞き慣れた話はもっ と見せる芸で聞かせてもらいたいものだ。  膝替わりは漫才の東京太・ゆめ子の登場。気が付 かなかったがほとんどの男女漫才、と言うより全員 上手が女だったよなぁ、この夫婦は上手が男なので いつも違和感を感じていたのだ。また二人ともボケ 役で漫才ってのも有りなのか。坂本龍馬は持病のリ ョウマチ、そして辞世の句。 「こんにゃくやあした食わずに今夜食う」  評価は遠慮したくなる夫婦漫才だ。  テレビで有名なのか出と同時に大きな拍手。今日 の客は通人が多いと思っていたがやはりミーハーも 多かった。三笑亭夢之助の登場である。話わって言 うといつもと同じ話。北海道の富良野で生まれてと、 北海道関連の漫談と、子供の頃字の下手な頃の作文 を先生に説明した例の話。この人これ以外の話って 聞いた事が無いのだ。夢之助が終わり客がぞろぞろ と帰ってしまった。  ショッキング・ピンクの派手な着物と羽織。まる で太鼓もち。古今亭寿輔が大股で登場。その容姿に 会場は大爆笑。なんでオレがまだ喋っても居ないの に笑うのだと一括!更に爆笑。性格が陰気なので衣 装だけは陽気にしている。なんで寄席にチンドン屋 が居ると思うな。落語界のサリン。この男本気なの だ。いつもぼやきが本物で、ちょっと音痴な独特の 節を付けてのしゃべりには不思議な魅力がある。独 特な容姿におのずとファンも多くあほまろも気に入 っている噺家だ。ボケ防止に嫁いびりをどんどんし ましょう、嫁は次の嫁いびり、それを輪廻転生とい うのです。美人は3日見ると飽きるがブスは3日見 ると慣れる。老後はブスが有利です。ですから奥さ んの老後は安泰ですと最前列のおばさんを指さして 終わる。  曲芸のボンボン・ブラザーズは大好きだ。特に西 洋の大道芸を寄席の色物に持ってきた功績は大きい。 今日も紙テープ立てで大いに客席を沸かせ、桟敷ま でやってきて客の鞄を取ったり肩もんだり、器用な ものだった。  本日のトリは三笑亭夢楽なのだが、ここで時間切 れ、次の打ち合わせに行かなくちゃ、行かなくちゃ と後ろ髪を引かれながら末広亭を後にする。毎日時 間に追われて飛び回っているあほまろのつかの間の 休息でありました。 「定点観測」番外編 あほまろ


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