たすけの定点観測「新宿末広亭」

その六十二    番組 : 平成十二年三月下席・昼の部  主任 : 三笑亭笑三  日時 : 三月二十七日(月)  入り : 約百二十人(午後二時入場時)  上野鈴本の、林家たい平、柳家喬太郎の真打披露興行がにぎわっている。たい平が 七人抜き、喬太郎が十二人抜きの抜擢昇進だが、そんな数字をだすまでもなく、だれ もが認める大物真打誕生だ。低迷だ、衰退だ、笑点だぐらいしか話題にならない落語 界、二人の昇進は、久々に「寄席興行にトキメく」という感覚を思い出させてくれた。  混雑が予想された初日は、我が家で軟弱にインターネットのライブ放送を。トリの 「純情日記・横浜編」、喬太郎の動きがやたらに硬く、「そんなに緊張するものかな あ」と首をかしげていたら、なんと我がマシンの性能が悪くて、リアルプレイヤーの 画像がカクカクして。デジタルな落語生活、である。  さすがにネット見物だけではもの足らず、興行三日目、まだ会社にも復帰していな いというのに、雨の中、上野広小路まで遠征した。馬風の珍進行がくどくもあり、華 やかでもあった披露口上、ありったけのギャグを盛り込んでサービス満点のたい平 「紙屑屋」、手のひらに「人」を三度書いて飲み込み「ここは中野、ここは中野」と 自らのホームグラウンドの地名を繰り返して高座に上がった喬太郎の「ほんとのこと いうと」・・・。期待と不安と興奮と緊張と笑いと感慨がゴチャ混ぜになった鈴本の 空気が、息苦しく心地よかった。  この記念すべき興行に、一つだけいちゃもんをつけるとすれば、観客数である。少 なすぎる、と言っているのではない。日ごろの鈴本を考えれば、十分すぎるほどの入 りであり、土日は開演前に立ち見が出るほどで、土曜日の六時ごろにのこのこ出かけ ていった僕は中に入ることが出来ず、仕方なく(?)日本橋亭の「ミックス寄席」に 回ったほどである(ミックスの関係者が読んでいたら、ごめんね。良い会でした)。 でも、僕には物足りない。二ツ目時代のたい平、喬太郎が出演する会の大半が満員御 礼状態だったのは、若い落語ファンならだれでも知っていることだ。ここ末広亭の 「深夜寄席」での二人の”卒業公演”は、桟敷席までぎっしりだった。そんな二人の 真打披露である。土日だけでなく、連日超満員であってほしかったのである。寄席の 客と、地域寄席&若手の会の客層の違いとか、いくらたい平ファン、喬太郎ファンで も毎日通うのは無理であるとか、いろいろな要因はあるのだろうが。落語関係者、落 語ファンは、たとえサクラを使ってでも、「鈴本十日間連日大入り満員」という事実 を作るべきではないか。たい平喬太郎の二人にはそれだけの価値があるし、落語復権 のためにもそうすべきではないのか。自戒を含めて、そう思うたすけなのであった。  ・・・。つい興奮してしまったのは、披露興行の熱気に当てられたせいだろうか。 今夜の鈴本の入りは如何にと思いながら、末広亭の昼席へ急ぐ。  ちょっと遅れて、木戸をくぐったのは午後の二時過ぎ。黄緑に銀の波模様がまぶし い寿輔が、「陰気な芸風」で前三列の女性客をいじり倒して(ほんとにじゃないよ、 芸のハナシね)いた。「美人は三日見るとあきるが、ブスは三日見ると慣れる。奥さ ん、あなたの老後はバラ色ですよ」。思わず納得して、うなづく婦人客。きりりとし まった良いサゲ、なのかもしれない。  もったり重い口調がちょっと苦手になってきた、ベテラン夢楽。ところが、今日の 「蔵前かご」は、見事な江戸前である。  舞台は幕末の蔵前あたり、追いはぎが出没うするので、吉原行きのかごは開店休業 状態だ。なんとか吉原の妓のもとへ行こうと、男が考え出した計略とはーー。夢楽は、 賊が出たらすぐ逃げようと及び腰の駕籠屋連中を丁寧に描写することで、この「吉原 通いの決死隊」の潔さを見事に浮かび上がらせる。ポンポンポンと啖呵をきらなくっ てって、江戸っ子はけんかが出来るんだぜ、と言っているような、自信に満ちた語り 口。ちょっと見なおしたかな。  北見マキのマジックで熟睡(ゴメン)したおかげで、可楽の「小言幸兵衛」は、し ったりと聴けた。あの独特のぐちっぽい口調が、良くも悪くも可楽の持ち味なのだが、 始終小言を言っている家主田中幸兵衛は、そのままで出来るのね。この場合、演題は 「小言可楽」にした方がいいな。  仲入り後、後半一番手の遊之介は、童顔を生かして「真田小僧」を。父親から小遣 いを引き出そうと、あの手この手を繰り出す悪ガキのお噺。あっさり薄味の演出だが、 「おとっつあんぐらいになれればいいよ。オイラ目標が低いんだから」と毒のあるせ りふを言う時の、しらっとした顔が利いている。  高座に登場するや、めくりの横で丁寧に頭を下げる猫八。この型の挨拶をするのは、 この人と金馬ぐらいではないかと考えて、この二人が「お笑い三人組」の仲間だった ことを思い出した。ちょっと古いか。  「ここんとこ、物まねというより、話芸家になっちゃって」と本人が言うように、 前のめりになってマイクに口を寄せ、父親である先代猫八の思い出などを、達者な話 術できかせてくれる。本芸の物まねは、最後にちらり。  「ハイ、じゃあ、今日は特別に、何かリクエストを」  「ヒバリ、お願いします!」  「(即座に)出来ません!」  ホントにできないのか、やる気がないのか。年をとってから、つかみどころのない、 ふわふわとした味が出てきた。「もう少し年とったら、小猫に猫八を譲っちゃってね、 八十八(やそはち)を名乗ろうかと思うんですよ」。ようよう、江戸家八十八。枯れ た響きがいいねえ。  文治の代演、小柳枝の「がまの油」が心地よい。ソフトな口調で、流れるようなリ ズムを刻む大道芸の口上。さっき寿輔にいじられまくっていた奥様連が「うまいわね え」とうっとりしている。寿輔から小柳枝まで・・・。守備範囲が広いと言うのだろ うなあ。  喜楽・喜乃の大神楽をひざがわりに、本日の昼トリ、笑三が登場する。マクラ代わ りの「結婚式風景」をたっぷり二十分、その後いつもの「一分線香即席ばなし」へ入 ってしまう。「さんま火事」やら先代円歌ゆずりの電話モノの新作やら、この人は珍 しい噺をけっこう持っているのはずだが、スケでもトリでも、ほとんど聴いた事がな い。いつどこへ行けば聴けるのかなあと考えていたら、前の奥さんたちが今度は身を よじって笑い転げている。どうやら、ハナシの展開とは何の関係もなく飛び出てくる、 笑三のあの甲高い奇声にはまってしまったらしい。笑三の声が裏が得るたびに、キャ ーキャー言いながら、肩をたたきあっているじゃないの。  寿輔の毒舌、小柳枝の色気、笑三のキンキン声が、今日の昼席のハイライトか。オ ーセンティックなというか、旧態依然というか、昔ながらの寄席の流れに身を任せて、 素直に笑い転げるオバサマたちに、気鋭のたい平、喬太郎の芸がどう映るのだろうか。 四月上席の披露興行が楽しみである。 たすけ


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