たすけの定点観測「新宿末広亭」

その五十一 番組  : 平成十二年二月上席・昼の部 主任  : 桂三木助 日時  : 二月五日(土) 入り  : 約五十人(開演時)  この間、神田神保町の新刊本屋で、たすけが書いた単行本「ゲーム千一夜」(デ ジキューブ、1600円)を見つけた。たしか去年の五月に発売されたもので、 「転売を禁ず」というとんでもないサイン付きの献呈本がいきなり僕の家に送 りつけられてきてビックリした記憶がある。たすけの話によると五千部ぐらい は発行されたらしいのだが、どこの本屋にいっても売っているのを見たことが ない。ホントに発売されているのか、直前にオクラになったので、こっそり関 係者のみに配ったのではないかと疑っていたのだが、それから九ヶ月近くもた って、小さな本屋の棚の隅にひっそり佇んでいるのを発見するとは思わなかっ た。おそらく売れ残って、書店の人も忘れたまま、書棚に放置されていたのだ ろう。このままでは(たすけが、ではなく本が)かわいそうな気がして、一冊 持っているのに、買ってしまった。優しいなあ、オレって。  久々に読み返してみると、この本、看板に偽りあり、なのである。「テレビゲ ームを中心に様々な遊びを俎上に乗せる」てなコピーが出ているのに、各章の テーマになっている新作ソフトについてはちらりと触れるだけ。後は落語と歌 舞伎の話が延々と続くのだ。この本を買った、善良なるゲーム少年たちが、わ けのわからん芸能ばなしをこれでもかとばかり読まされたおかげで、グレてし まったりしたらどうなるのだろう。だいたい、「大喜利における歌武蔵と小田原 丈の効果的な配置について」なんというチョー・マニアックな考察が、本書の テーマであるハイテクエンターテインメントと何の関わり合いがあるというの だろうか。演芸好きにはたまらんけどな。とにかく、この本は、「芸能千一夜」 と題名を変えて再発売すべきだよ。友人の本をヨイショするのはシャクだけど、 演芸本と考えれば、中身は濃いのだから。そんな人が何人いるかは知らないけ ど、「定点」ファンのみなさん、「ゲーム千一夜」はおすすめです。一家に二冊 はいらないけどね。  二月初めてのうららかな日曜日、またまた末広亭は満員かと思ったら、開演 時の客数は。おおお、久々に目で勘定が出きるじゃないか。ちょっと拍子 抜けだが、僕にはこのぐらいのほうが居心地がいい。少な目とはいっても、池 袋演芸場なら、けっこうな入りなんだよなー。  かわいらしい前座、扇ぱいの「つる」で幕開け。二つ目の窓樹が、実に堂々 としている。「駅弁って、どういうわけか、みなさん電車が走り出すと同時に食 べ始めますな。寄席も同じで、幕が開いたと同時に食べる人がいて」。はははは は。コンビニのハムカツサンドにかぶりついていた僕は、思わずカツをほおば ったまま吹き出してしまった。ネタは「真田小僧」。実に安定した仕上がりで、 細身なのに堂々としている様がイヤミに感じるほどだ。  ペペ桜井が得意の「ギターで『禁じられた遊び』を弾きながら、『浪花節だよ 人生は』を歌う」という珍芸を披露している間に、どやどやと客が入ってきて、 客数はあれよあれよという間に倍近くになってしまった。お次の燕路「金明竹」 の間にも、カップルやら家族連れが入ってくる。まだ増えそうだな。  さん吉の代演、春輔が見違えるように上手くなっている。わーたしの記憶に 依れば、この人、昔は言葉の語尾を飲みこむようなしゃべり方で、なんとも頼 りなかったはずである。それが今は、口調にメリハリが出て、独特の滋味さえ 感じられるではないか。今まで先入感のために、あまり見ようとしなかったの を白状しなければならない。ごめんなさい。「がまの油」の口上を貫禄十分に演 じた後、立ちあがっての「かっぽれ」。踊りもいいね。  京二・笑子は、ハーモニカとギターでひばりメロディをしっとり聴かせる。 泥臭い漫才だが、ご両人とも、いい喉をしている。  円窓が、季節限定の節分ネタ「鬼の涙」を演じた。宇都宮在住の清水一朗氏 が二十年前、「彦六の正蔵」(メェェェェ〜)のために書き下ろし作品だった、 と思う。清水さんという人、落語と歌舞伎に造詣が深く、のんき亭喜楽の名で 宇都宮の天狗連の親玉的存在の人だと、宇都宮支局勤務時代のたすけから教わ った。円窓は清水氏を評して「あれで自分で落語をやらなきゃ、先生と呼ぶん ですがね」と言っているそうだ。  こぶ平の代演、菊丸の「人形買い」。明るく陽気な高座で気持ちがいいが、今 一つ個性に欠けんだよなー。印象が薄いの。  二楽の紙きりは、「節分」、「ひな祭り」、「鳥追い」を注文で。  小せんがまたまた「今の若い人は言葉を詰める。レモンスカッシュをレスカ といったり」と言っている。今の若い人はそんなこと言わないってー。  こん平も何度聴いたかしれない漫談「チャーザー村ものがたり」。面白いから、 いいんだけどね。  「漫才です。言っとかないと、一部のお客様が台湾芸者の売れ残りだと思 うかもしれないから」とは、ゆきえ・はなこのツカミのセリフ。あまりのウケ かたに、「一部じゃないね、全部だよ」。  中トリ、権太楼が十八番の「代書」で、大当たりぃ。「荒川区町屋二丁目二十 六番地、湯川秀樹」なる主人公が、ノーベル賞科学者と同じ名であることを指 摘され、「でも、あたしも天皇賞とりましたよ」。「こういうの、なんて言ったっ け。あ、そうそう一石二鳥」ってのも、おかしいね。権太楼本人は、「いつやっ てもウケるから、逃げの噺になっちゃってんだよなー」とぼやいているが、フ ァンにとってはたまらない爆笑篇である。  食いつきの三三、「あくび指南」は、良く言えば破綻がないが、ちょっとジジ クサイ。二十代で老成した感があるのは、いかがなものか。本編に比べて、マ クラには工夫の跡がある。ちかごろ五百円玉が使えない自販機が増えたという 話題を振っておいて、「三丁目の営団は使えるけど、京成はだめ。わからないの は西武で、『偽造硬貨はつかえなくなりました』なんて張り紙が出てる。それま では使えたのか」。リサーチも十分だったりして。  「春はうれしや」、「見世物小屋」と達者なところを見せた小円歌、立ちあが って「かっぽれを」といったところ、楽屋から「もう出てます」。急遽、「奴さ ん」に変更したが、「あたし、なーんでもできんのよ」。軽いね、どうも。  志ん馬の代演、歌武蔵はいつもの相撲漫談。ウケるウケる。  小朝もよくやってる漫談。「奥様お色気高座」とでもいうのか、これはドッカ ンドッカン、ウケけている。男が聴くと、ちょっとイヤミな内容だが、脇筋の 「歌舞伎は近親相○の世界ですから、みんな似たような顔になる。メイク落と すと、全員ウルトラマンですね」には笑った、笑った。  紋之助の曲独楽は、いつしくじるか、ハラハラドキドキが魅力の一つだが、 今日は絶好調で、末広がり、輪抜け、真剣刃渡り、羽子板の舞と終始ノーミス。 なんか、つまんなーい。  爆笑系が多いせいか、とんとんとよどみない流れで、あっという間にトリに なった。この調子なら、今日も通し見物、いけるぞー。  昼の部の締めくくりは、三木助である。終演まで、まだ三十分ぐらい残って いるので、長めのネタをやってくれないかなあと密かに期待していたのだが、 持ち時間の半分ぐらいをマクラに使ってしまった。ニヤリとさせたのが、毎日 病院に集まる老人たちの話題。「小林さん、いるわね。あ、中沢さんも。ええっ、 海老名さんと花岡さん仲が悪いの?花岡さん、風邪ひいたんじゃ病院来れない わね」。ギャグとしては不発だが、海老名さんと花岡さんって、根岸のあの人と、 さっき出たあの人だよなー。ふふふふふ。  ネタは「強情灸」。三木助は小さんの弟子だが、志ん生系の「峯の灸」で軽快 に演じている。この人、若旦那が得意と思われているようだが、「強情灸」に登 場する二人のように、上っ調子の、うすっぺらな若い衆をやらせると、べらぼ うに上手い。「オレはな、辛抱じゃ人にひけを取ったことはないんだ。ウチのか かあの面見てみろってんだ」というタンカなんか、たまらなくおかしいもの。  さて夜の部に向けて、本日二度目の弁当タイムだ。「定点観測」推薦の伊勢丹 地下で、天一の天丼弁当の高いほう(千円)。たすけの指摘通り、冷めてしんな りした海老天が実にうまい。今度見舞に行ったら、二冊目の単行本は寄席グル メの本にしろと言おうと思いつつ、生ぬるい「お〜いお茶」の缶を飲み干した。 ミスターX


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