たすけの定点観測「新宿末広亭」

その四十八 番組  : 平成十二年一月下席・昼の部 主任  : 三笑亭夢楽 日時  : 一月二十三日(日) 入り  : 一階席はほぼ満員 報告者 : ミスターX  末広亭が今月の下席から、土曜、日曜も入れ替えなしになると聞き、さっそ く日曜日に通し見物をすることにしたのが、われながらビンボーくさい。ワタ クシXは、一応フツーの中年サラリーマンであるからして、いくらなんでも木 戸銭に困るということはないのだが、寄席通いとなると、つい学生時代の貧乏 を思い出してしまう。安い、ということにヨロコビを感じてしまうのである。  そういうわけで、当日は妙に早起きをしてしまい、十一時にはもう末広亭に 到着してしまった。さすがに間が持たないので、普段はあまり見ることのない プログラムに目を通した。新年らしく、両協会の会長の桂文治、三遊亭円歌の 「初春の顔」をメインに、この春昇進の新真打、たい平、喬太郎、柳好(なん と柳八が五代目に!)、右団治(小文)の紹介、余一会の「ボーイズ大会」の 宣伝など、けっこう内容豊富なのですね。特に興味深かったのが、「2000 年寄席覚書」という各団体のデータ一覧。芸術協会所属の噺家は、真打69、 二ツ目24、前座15の計108人。対して、落語協会は、真打148、二ツ目 47、前座17の212人。実に二倍なのである。別に多数決でモノの優劣を決 めようというわけではないが、これほど数に差があるとは思わなかった。層の 厚さに関しては、比べ物にならないじゃないか。無責任を承知で言えば、芸協 に円楽党(33人)か立川流(36人)が加われば、両陣営のバランスは、質 量ともにぐっと健全(?)になると思うのだが。  そんなことを考えていたら、プログラムの中に、別紙が一枚挟みこまれてい るではないか。別プロだ。代演がむちゃくちゃ多くて、本来の番組表が用をな さなくなったときの緊急手段なのだが、末広亭でみるの初めてだ。意地が悪い なとは思ったが、ホントの番組とどんだけ違うのか、比べてみた。えーっとね、 トリの夢楽はかわりなしだけど、ひざのボンボンはいないと、わかりまし た。本日の出演者十八人のうち、ちゃんと出てくるのは七組のみ。実に十一組 が代演なのであった。実現できない番組など、意味がない。これ以上はコメン トできないな。  気をとりなおして、前座の正夢から昼の部スタート。「からぬけ」から「金 明竹」の前半へとつないだが、あんまり印象がない。というのも、次の春馬の 怪演のせいなのだった。東京では珍しい「鷺取り」をたっぷり鳴り物を入れ、 にぎやかに演じるのだが、力んでいるのか、狙っているのか、メリハリのつけ 方が極端なので、なんとも不思議な落語になった。うまいのかヘタなのか、現 じてんでは判断のつけようがないが、あふれる意欲は十分に伝わった。おとな しい若手の多い芸協の中では、要注意かもしれない。  新山真理の「刑務所慰問こぼれ話」に、遊吉の「小町」。達者ではあるが、 地味な高座の後に、南なんが、これまた怪演である。この人の芸は定評のある ところだが、あの顔とあの声(こればかりは字で説明のしようがない)で、「足 の調子は悪いのですが、そのかわり、顔の方は調子がいいですから」とやられ ては、笑うほかないのである。ああ、おかしい。  お気に入りのボンボンブラザースで、もう一笑いした後は、初めて見る楽輔 である。あれ、この人、朝のワイドショーのリポーターでみたことあるぞ。先 代痴楽の弟子ということで、入門時のエピソードを披露。  「昭和四十八年に脳卒中で倒れて二十年寝たきり。その間、先代柳橋、今輔、 馬生、馬の助、三平、牧野周一、早野凡平が見舞いに来たけど、みんな先にし んじゃった」だって。「弟子だからみんな覚えてる」と、懐かしい「つづり方 教室」もちらりとやって、大ウケである。この人のちゃんとしたネタを聴いて みたいな。  小円右「湯屋番」、こくぶけんの漫談、円輔「親子酒」、雷蔵「八づくし」。 それぞれ安定した芸だが、小円右はいつ聞いても同じマクラ。今ごろ郷ひろみ の離婚ネタを聞かされたって笑えないよなー。  花柄のワンピースに白のロングスカーフ。マジックの小天華は、黙っている といいとこの奥様という風情だが、しゃべると、結構ちゃきちゃきの姐さんだ。 で、南八の「ん廻し」でお仲入。  食いつきの小文治は、歌舞伎役者のような風情が魅力。「転失気」の後、得 意の踊りを見せるかと思ったら、さっさと下りてしまった。あれあれと思った ら、次の俗曲、美由紀が「吉や節分」をさらりとやって、立ちあがった。「で は、寄席の踊り、奴さんに芸者さんです」。そうこなくっちゃ、正月なんだか ら。  ほどよく力の抜けた歌春の漫談でなごんだ客席が、寿輔の登場でどよめいた。 ピンクの地に水色の波模様。派手な着物の上に、チョビヒでパンチパーマの怪 しいオヤジの顔が乗っかっている。「奥さん、何かへんなもんでもでたんです か?」。得がたい個性だよなあ。  喜楽・喜乃親子の太神楽をひざがわりに、昼トリは、夢楽。ネタは、なんだ 「寄合酒」じゃないの。初席で聴いたばかりだもんなあ。それはいいけど、ト リで「寄合酒」は物足りない。ただでさえ、ゆったりのんびりの夢楽の口調が、 酔っ払いが出てくると、さらにさらにゆっくりになる。ううう、なんだか「長 短」で、長さんの話にイラつく短七さんの気持ちがわかる気がするぞ。二十分 足らずの高座なのに、どっと疲れてしまった。  今日は通しで見物だから、のこりあと五時間かあ。途中で買った「まい泉」 のカツサンドとエビカツをほおばりながら、プログラムをひっくり返している と、夜の部も別プロなのである。んーもう番組者を確認するのはやめませう。 出演者は出てきてからのお楽しみ。ゆったり構えて、すべてのものを受け入れ ようと肩の力を抜く日曜の夕暮れだった。(ナンのこっちゃ) ミスターX


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