たすけの定点観測「新宿末広亭」

その四十七 番組  : 平成十二年一月二之席・昼の部 主任  : 三遊亭円歌 日時  : 一月十五日(土) 入り  : 一階席ほぼ満員(十一時四十五分入場時) 報告者 : ミスターX   正月初席の通し見物。なんだか一年分ぐらい落語を見てしまったような感じであるが、 一回だけでは、たすけの応援にもならない。せめて一月の全番組ぐらいはリポートしたい なあと思いつつ、週末の新宿へ。たすけのような会社内風来坊と違って、僕は堅気の会社 員である。寄席に行ける日は週末しかない。今度いつ見られるかと考えると、今日も通し 見物になるのかなあ。  学生時代、たすけとは本当によく寄席に行った。二人とも、地味だが、ほんのり江戸の 香りがする芸が好みだった。上野鈴本のトリで聴いた、柳朝の「粗忽の釘」、「大工調べ」、 談志の「小猿七之助」、旧池袋演芸場の狭くて汚い桟敷で聴いた、先代小勝(当時は勝弥) の「二丁ろうそく」、一柳(好生)の「片棒」、先代円之助の「紺屋高尾」。もうみんな故 人になってしまったんだよなあ(おっと、一人生きてたか)。授業にも出ず、本当にやり たいことも見つからず、寄席通いと麻雀とアルバイトを繰り返しながら、ふらふらと暮ら していたあのころの毎日は、今も懐かしくほろ苦い。  上野、浅草、池袋の定席に、東横、国立、紀伊国屋のホール落語。いろんな会に顔を出 したが、新宿末広亭にはあまり行っていない。たすけは江東区、僕は江戸川区、いわゆる 東京の川向こうで育った悪ガキには、山手線の右(西)側は、遠い町なのだった。デパー トで買い物するなら日本橋、映画を見る時は浅草か錦糸町、寄席といったら上野、浅草、 日比谷の東宝名人会である。新宿、渋谷に行く用事などは何もなかった。距離的にはさほ どでもないのだが、末広亭は僕らにとっては遠い寄席だったのだ。二十年後、そんな末広 亭に、こんな形で通うようになるなんて、なんだか面白いな、人生。  開口一番、前座の歌ごが、いきまりの「子ほめ」をしゃべる前に、こんなことを言った。  「三年前の今日、入門したんです。三年も続くとは、思いませんでした」  さりげない言葉の中に、いろいろな思いが見え隠れしている。  亀太郎が、父親譲りの「越後獅子」を三味線の曲弾きで。歌武蔵(カムゾーと読むと怒 られるぞ)の相撲漫談はいつも同じ内容なのに笑ってしまう。 「なぜ力士をやめたんだ、もったいないじゃないかとよく言われるんですが、大きなお世 話です。俺の人生ですから」。いいなあ、潔くて。僕もこんなこと言ってみたいぞ(誰に だ)。  歌る多の「金明竹」は、道具七品の言い立てが鮮やか。タンカはこうでなくっちゃな。 菊代のマジックは、ごめん、覚えてないよ〜。  馬風は、結婚式をネタにした漫談。うそかまことか、談幸の披露宴の話が面白い。  「やつのオヤジが酔っ払って、最後の挨拶のときに、『本日は御会葬賜りまことにあり がとうございます。新夫婦は明日早朝に遠い旅にでます』」  小猫の初音のウグイスが春を呼ぶ。猫八一門は何故ウグイスを鳴くとき小指を使うのか。 指笛なら五本どれをつかってもよさそうなものだが。  さん助はケチの小噺を二つ三つやって立ちあがり、寄席の踊りを。下座さんがいるのに 何故テープを使うのか。「深川」なら楽屋の人手を使ってもよさそうなものだが。  順子ひろしの「矢切の渡し」、円菊の「粗忽の釘」と爆笑篇が続いて、満員の客は大喜 び。すっかり温まった客席を、続く川柳が、さらにかき回す。  「あたしはおかしいヨ。一見、面白くなさそうだけど、面白いの」と自分でいうのだか ら、間違いない。「空の神兵」「ラバウル海軍航空隊」と、「勝ってるときの明るい軍歌」 を朗々と歌って、「あたし一人で新年会やってるみたいだなー」には笑った。  中トリは小三治。「落語家は気楽でいいといわれるけど、そうも言えますね。今の川柳 さん聴いてると、仕事とはとても思えない」とマクラをふるので、大爆笑である。この日 のネタは「出来心」。空き巣の練習をする前半部分だけだが、二十分もかけてじっくり。 いやし系の落語だな、これは。  小三治の初め頃に二階席が開いた。背伸びをしてみると、前三列ぐらいが埋まっている。 いやいや正月の寄席は侮れない。食いつきの歌司が満員の客に丁寧に例を述べ、「席亭か らのお年玉として、NECのパソコン、シャープの大型TV、日立の大型冷蔵庫、以上 三点が同時に使える三又ソケットを進呈します」。おいおい、面白いぞ。  近藤志げるも登場するや、とっときのギャグ。「森繁久弥氏が本日十二時過ぎ、家族、 芸能関係者に囲まれて、静かに昼食を取りました」。ぎゃはははは。これって、二十 年前の池袋で、仲入後割引五百円で聴いた時とおんなじじゃん。懐かしー。ナツメロリク エストで「夜霧のブルース」「モンテンルパの夜は更けて」。モンテンルパ、恥ずかしなが ら、初めて聴きました。  文楽「千早ふる」、小せん「町内の若い衆」は、古き良き時代の香りがした。それはい いが、気になるのが小せんのマクラ。「最近の若い人は言葉を詰める。レモンスカッシュ をレスカというんです」、最近って、いつのことなんだろうか。  ひざがわりの小円歌は珍品「見世物小屋」を披露。「伝承しなきゃというんですけど。 きいてもらえばわかるけど、くっだらないの」。いやいやどうして、ろくろ首、がまの油 と口上もたっぷり入って、楽しい唄じゃないの。  この日のトリは、地方興行の時は小円歌のポケットに入って移動するという、身長14 8センチの円歌である。疲れた声で「正月から(寄席)5軒も回らされて、おもしろくも なんともねえ。ろくな弟子は育たないし」と笑いをとって、「ま、小円歌はいいほうだ けどね、前に俺が倒れたとき、心筋梗塞と近親相姦をまちがえたんだからね」。心筋梗塞 、たすけを思い出さないほうが変だよな。アイツは一人っ子だし、両親も年よりだから、 そっちのほうの心配はないよな。ちなみに、「たすけ」というハンドルネームは、「たんな るスケベ→たんスケ→たすけ」だという説が、われわれ友人の間でささやかれているのだ が、真相はどうなのか。そんなことを考えているうちに、いつのまにか「中沢家の人々」 が終盤を迎えていた。  初席のより出演者数がいくらか少ないせいか、まだ余力が残っている。よっしゃ、居続 けしてやろうと前方の座席に移った時、今日は伊勢丹弁当を買ってこなかったことに気が ついた。 続く


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