たすけの定点観測「新宿末広亭」

その四十五 定点観測・新宿末広亭(友人X篇)   僕が43日間の入院生活からようやく抜け出した2月の半ば。学生時代の友 人Xが、突然我が家にやってきた。何年ぶりかで会う古い落語仲間は、十代の 頃から変わらぬ長身を窮屈そうに折り曲げてコタツに落ち着くと、ポケットか らFDを一枚取り出した。  「これ、お見舞いがわり」  中身は、なんと新宿末広亭の一月全番組のリポートだった。生まれた場所も、 年頃も、落語観もほとんど同じという、気持ちの悪い旧友による「寄席便り」 は、展開といい、脱線ぶりといい、まるで僕自身が書いた文章みたいなのだ。 ああ、きぼぢ悪い〜。だが、まてよ、これなら「定点観測」に入れてもおかし くないかも。  というわけで、以下は、僕の分身(ヘンな関係じゃないぞ)が書いた1月分 の「公認」定点観測である。ミスターXなどというセンスのかけらもないネー ミング(本人がそうしたいというのだからしょうがない)に目をつぶってもら い、ご一読をお願いする。 番組  : 平成十二年一月初席・第一部 主任  : 桂米助(米丸の代演) 日時  : 一月九日(日) 入り  : ほぼ満員(二階も開いてる=午前十一時入場時) 報告者 : ミスターX  たすけが倒れた、と知ったのは、七草の夜のことだった。 去年の暮れ、遅まきながら「定点観測」の存在を知り、「たすけめ、いい年こ いて、アホなことやってるなあ」と野次馬気分で過去ログを読んでいたら、学 生時代の落語熱がうずいてきた。思えば二十年前、たすけと僕は、JRの巣鴨 か駒込から歩いても、大塚から都電荒川線に乗っても、地下鉄の西巣鴨から走 っても二十分ちょっとかかるという、中途半端な場所にある小さな小さな大学 に通っていた。そんな不便な場所にあるキャンパスに学生が寄り付くはずはな く、僕たちは遅い午後、通学路の途中にある雀荘で落ち合うと、そこでUター ンして寄席の夜席か、ホール落語に行くのが日課のようになっていたのだ。ひ さしぶりにあの頃に戻って、一緒に初席でも行こうかと、たすけの家に誘いの 電話をかけたら、「心筋梗塞で入院」というではないか。うかれ気分が吹き飛 んでしまった。  だが、病気のことを聞いても、すぐにたすけを見舞おうとは思わなかった。 ええかっこしいのアイツのことだ、点滴を何本もつけられてベッドに固定され た姿を悪友に見られるのは、死ぬほどイヤだろう。ようし、初席は一人で行く ことにしよう。そして、「定点観測」の中断を嘆いているに違いないたすけの 代わりにリポートを届けてやろうじゃないの。たのまれもしないのに、妙な義 務感に背中を押され、新宿三丁目まできてしまった。  初席に来るのは、初めてである。盆と正月は、客はごった返すし、顔見世番 組だから、出演者の数がやたら多く、まともな噺はまず聴けない。そんな時に は行くのは、ビギナーか勘違い客ぐらいなもんさ。そう思っている落語ファン はいっぱいいるはずだ。僕もその一人だが、このごろは年のせいか、寄席の風 情とか季節感なんかに心が動かされるんだよなあ。ま、正月の寄席の空気を吸 ってみるのも、悪くはないよな。そう思いながら木戸をくぐると、ありゃりゃ、 なんだこの混みようは。年末の「さん喬権太楼」じゃあるまいし、正月も九日 になって二階席が開いてるんだから、豪勢なものだ。  一階の最後列に奇跡的に残っていた空席に腰を落ち着け、プログラムを見る。 三部構成で、各々二十人近くの芸人が出ている。それなのに、上演時間はいつ もと同じなのだから、ものすごい詰めこみようだ。「額を見て、鼻を見て、顎 を見るうち、額の形を忘れてしまうような長い顔」なんてクスグリがあったが、 三部のトリまで見たら、一部どころか、二部の中トリあたりでも、覚えていら れるか、心細い限りである。  太鼓が鳴って、中央に干支の「龍」の字が大書され、いつになくキレイに化 粧した高座。テテテテテ、ドドンと太鼓がなって、前座の開口一番、なんと関 西弁である。  「いつもの倍近く出るんで、ほんまは前座の時間、ないんですわ。そろそろ 下りなアカン」と出るそうそうの帰り支度。「鶴光の弟子で里光」と挨拶する や、こばなし一つで、そそくさと楽屋に帰っていった。  「このシュークリーム、どないしたん?」  「あ、それ、ヒロタ(拾た)」  大師匠にあたる故笑福亭松鶴のネタだという。  続くデッドボールは、米助の弟子か。「ボク本名は水島で、オヤジは水島新 司。ま、同姓同名ですけどね」と笑いを取ってから、北原白秋の「あいうえ おの歌」を朗読。「あめんぼ赤いな あいうえお」。おいおい、なんだよーゃと 思ったら、その後、これの替え歌を披露した。内容は、言わぬが華だな、こ りゃ。  歌助、円雀と続くはずが、南なん一人で代演。出演者が多すぎるので、代演 の数を合わす必要はないのだろう。ここまでで十六分。一人五分の見当である。  南八のダジャレ、こくぶけんの河内音頭と続いて、とん馬は、健康談義と寄 席の踊り。かっぽれを気持ち良さげに踊って、ようやく正月気分が盛り上がっ てくる。  幸丸のテレビ出演裏話、師匠の北見マキと正反対のしゃべくりマジックは北 見伸。小円右の「初天神」は飴屋をひやかす件まで。女流講談のすみれが「天 野屋利兵衛」の抜き読みで安定ぶりを示し、続く茶楽が、鼻にかかった艶のあ る声で「紙入れ」を。おや、京太・ゆめ子の出囃子は「東京ブキウギ」か。  さて、そろそろ第一部も半分を越しただろうか。高座への集中力が薄れてき たところで、歌春が現状分析をしてくれた。  「えーと、初席は全部で六十本ぐらいの演芸が出るんですね。これを丸ごと 見るとして、入場料は三千円。一本あたり五十円。リーズナブルですなあ」  夢楽の超スローテンポの「寄合酒」でお仲入。左の通路はトイレからはみ出 した客が列を作り、右手は売店に並ぶ客の列。その間を縫うように、真後ろの 喫煙室から漏れるタバコの煙が流れていく。これじゃ席を立っても行くところ がないぞ。    一部の後半は、スキンヘッドの富丸から。ちょっとプログラムを読んでいた ら「この続きは明日必ずやるから、絶対来てくださいね」だって。この間、二、 三分か。続きも何も、何の話だったのかもわからんぞ。油断も隙もないな、ま ったく。  続く円輔も、小ばなし二つであっさり退散。短い高座が続く中でも、しっか りと存在感を示す大物もいる。三味線漫談の玉川スミである。  「初春、おめでとうございます。未熟者ながら、今年もよろしく。拍手!」 と威勢がいい。都々逸をトーンとぶつけ、拍手が遅れると、「遅いよ、みんな。 見とれてる場合じゃないよ。終いにゃ、ぶつよ」ときたもんだ。「東京行進曲」、 「籠の鳥」、と懐かしいとこを聴かせて、自著の都々逸本を宣伝して、さっと 高座を下りる手際のよさ。満員の客が、「一丁上がり」と片付けられちゃうの だから恐ろしい。  遊三は噂の飛び道具(?)「パピプペポ」。どんな歌でも、パピプペポとピャ、 ピュ、ピョで歌ってしまうという珍芸を漫談仕立てでつないでいく。古典の本 格派にはあるまじき芸だが、あまりのアホらしさに、ついつい笑ってしまう。 ナツメロばかりではなく、宇多田ヒカルとか、ゆずなんかでやってほしいなあ。  ひときわ大きな拍手に迎えられ、人気者の歌丸が登場。  「週に一遍は、皆さんのお茶の間にお邪魔しています。『笑点』というキョ ーイク番組も、今年で三十五年目に入りました」だってさ。もう自信たっぷり でさー、イヤミなぐらいなんだけど、全体的に地味目な芸協には、必要な人な んだよなあ。「笑点」傑作集みたいな話だけで、客席をかきまわしちゃうんだ もの。  ひざがわりは、今丸の紙切り。「恵比寿様」「竜」「招き猫」と注文をさばい て、前の席の品のいい老紳士の似顔絵をサービス。遠くて似てるんだかどうだ かわからんが、おじいちゃんに免じて、拍手する。  ようやくトリまでたどり着いた。米丸はお休みで、弟子の米助の代演である。 この人、会社をずる休みした午前中に「隣の晩ごはん」で見るけど、寄席で見 るのは実に久しぶりである。  「今の(出囃子の)タイコは、歌丸師匠がたたいてくれて」と話し出したの だが、客席前方の女性客が「あー、そうですか」と間抜けな声を出したので、 爆笑の渦。話の腰を折られた形の米助だが、これは苦笑するしかないか。  後は、おなじみのスポーツ漫談。マラソンから重量挙げ、サッカー、野球と つなげて、最後はミスター長嶋のエピソードで笑いをとって、堂々の主任ぶり。 この人とか、夢之助なんかがもっと定席に出てくれれば、もっとバラエティー にあふれた番組ができるのにと、実は芸協ファンのボクは思ってしまうのだが。  なんとか第一部はクリアしたが、時間はまだ二時半。ここで帰るには、不完 全燃焼である。ええい、今日は六十本、最後まで聴くぞー。長くなったので、 第二部以降は、稿を改めることにする。末広亭の長い長い一日は、まだ始まっ たばかりなのであった。 つづく


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