たすけの定点観測「新宿末広亭」

その三十七 番組 : 平成十一年十一月下席・夜の部 主任 : 桂枝助(桂歌春の代バネ) 日時 : 十一月二十六日(金) 入り : 約五十人(午後六時五十五分入場時) リポート  講談研究家の田邊孝治さんが「講談研究」の最新 号を送ってくれた。故・田辺南鶴から「講談研究」 の編集を受け継いで、もう何年経ったのだろうか。 B4判四ページ、風が吹くと飛んでいってしまいそ うなペランペランの雑誌なのだが、中身は驚くほど ディープである。  フロントページは、田邊編集長自らが、種種の文 献から上野本牧亭の由来を推理する「本牧亭名考」。 上野広小路の本牧亭が閉鎖してまもなく十年。講談 席自体は、池之端の料理屋の二階に引っ込んで細々 と続いているが、つばなれすると息苦しい八畳座敷 で聴く芦州、貞水の熱演は、面白くて、少し哀しい。  ページをめくると、なんと今回で連載百三十八回 目という保田武宏「講談放送史」。戦前戦後にラジ オ放映された講談番組をぜーんぶ書き出していくと いう、気が遠くなるような試みである。ご本人に「 どうやってしらべるんですか」と聞いたら、「そり ゃ君、図書館に通って古新聞を漁るんだよ」と、当 たり前の顔で言われてしまった。あとは「本居宣長」 の義士伝」とか、今は休載中だが、九十二歳、博覧 強記の市井の人、阿部主計氏の「風俗漫考」(だっ たっけ?)てな読み物が詰まっている。僕の年代& 演芸歴では、ちょいと背伸びをしないとついていけ ない面子だが、それぞれの執筆者たちの「武士は食 わねど」的なダンディズムにあこがれて、ついつい 読んでしまうのだ。  そういうわけで、僕は講談が大好きなのだが、ふ と回りを見まわすと、落語好きの友人で「講談も聞 くよ」という輩は意外に少ない。同じ演芸好きでも、 芸を見て楽しみたい、笑いたいというのと、芸の行 間から漂う江戸や明治の空気に触れたいという、二 つのタイプがあるような気がする。もちろん、僕は 後者のほうで、顔見知りの講釈師に下手なシャレを かましていやな顔をされたりしている。  寄席の冬は、「芝浜」、「冨久」、そして「掛取 り」だ。渋いところでは、「尻餅」、「狂歌家主」、 「穴泥」なんてのも暮れの風情にあふれた噺である。 講談は、というと、これはもう、誰が何といったっ て、誰も何も言ってくれなくたって、義士伝に決ま っている。  十二月十四日は、赤穂義士の吉良亭討ち入り。こ の日に合わせて、全国三千万の講釈師たち(ほんと は五、六十人ぐらいかな、講談は表現がオーバーな のだ)は、津々浦々で「義士伝」を演じ、荒稼ぎ(?) をする。師走の「師」は、講釈師の「師」でもある のだ。  我々はひとことで「義士伝」と片付けてしまうが、 「本伝」、「外伝」、「銘々伝」と三つも種類があ り、それぞれ長―いお話なのである。聞いて面白い のは四十七士各々のエピソードをつづった「銘々伝」。 得意の俳句で親友宝井其角に別れを告げる「大高源 吾」とか、槍の名手「前原伊助」とか、硬軟取りい ろいろで飽きることがない。本筋のあだ討ちばなし をじーーーーーーーくり描く「本伝」は、ううう、 素人サンには勧めにくいなー。前に、講談会数ある 中で最もヘビーだと評判の「本牧五人会」で、神田 松鯉が連続で「本伝」をかけてたけど、隔月の会と は言いながら、半年たっても、浅野内匠頭が腹を切 らない。延々と吉良にいじめられているのである。 これではいつになったら本懐を遂げることが出きる のかと思ったが、実はこの「本伝連続読み」、まだ 続いているのである。気が遠くなるよね。  てなことを思いながら、地下鉄丸の内線の車中で 「講談研究」を広げた。今時珍しい田邊編集長の旧 仮名遣いに慣れたせいか、すいすい読んで、新宿三 丁目の駅についたときには、みんなすっかりくたび れた、って、そりゃハナシが違うか。  木戸をくぐると、パパンパパンと乾いた音。高座 は、神田派の華・紅の講談が佳境に入ったところで あった。ネタは聴くまでもない、「義士銘々伝」の うち「赤垣源蔵徳利の別れ」。兄の留守にいきなり やってきて、持参した酒をぐいぐいと飲む源蔵。仕 官が決まったので、しばしの別れ、兄上によろしく とご機嫌で帰っていくが、実は討ち入り前夜、今生 の別れを告げに来たのであった・・。さりげないや りとりの内に隠れた、万感の思い。 「銘々伝」特有の、「本懐の後の死」を覚悟した男 たちの潔さに、「うそだろー」と思いながら、拍手 を送ってしまう。女流とはいえ、意外に骨太の芸を 持つ紅だけに、「赤垣」は躍っている。時間の関係 か、最後がやや尻切れになったのが残念だ。  柳橋の「近日息子」は、師匠である先代三木助の 直伝だろう。「大家さんが亡くなったって、うそだ よー。昨日湯で会ったし、そばも食ってた」と言い 張る男に、「あーたの言いかただと、イーピンが通 ればチーピンも通るっていってるようだけど、そん なもんじゃない」と麻雀を引き合いに反論する。間 抜けなやりとりなのに、妙に理屈っぽい。柳橋の流 れるような口調の端々に、三木助が顔を出すのが、 ちょっとうれしい。  北見マキの代演は、同じマジックの小天華。  仲入前は、文治が得意の「お血脈」で締めた。紅 の「赤垣」がお気に召したか、マクラは講談の話で、 「最近の若い講釈の人はあんまり修羅場(しらば) をやんないけど、昔はみんな修羅場から入った。あ たしも若燕が東燕の時代に修羅場を教わってたんだ。 だから、慶長が十九年までだった、なんて知ってん だ。学校で教わったんじゃなく、講談で覚えたんだ」  張り扇こそないが、パンパンと調子のよいマクラ に押されるように「お血脈」へ。阿弥陀池から信州 まで、本田善光が背に負って運んだ小さな仏像。こ れを本尊に、本田の名前を付けて「善光寺」という ーー。ここまで一気に語って「これで善光寺の由来 ですって、切ってもいいんだけど、本当はこっから が面白い。今日はお客サンがいいから、やるよ」。 喝采の中、石川五右衛門が血脈を盗みに入る後半を しっかり演じる。文治会長、絶好調である。  仲入後は、円丸代演の遊吉から。「ただいまは豪 華絢爛たる休憩をご覧に入れました。売店から、も うだれも買う人いなくなったからはじめてくれと言 われまして」と見もふたもないマクラで笑わせてお いて「たらちね」へ。すっきりした外見通りの軽い 味で、印象に残りにくい芸だが、力量は確かである。 この人の大ネタ、聴いてみたいなあ。  ひでややすこの代演で、三味線の美由紀。続いて、 桃太郎代演の栄馬が「かつぎや」をって、おいおい、 仲入が終わってからずーっと代演じゃないか。これ じゃ、プログラムなんかいらねえやと思ったら、よ うやく正規の出番通り、小柳枝の登場である。  今夜のネタは「かわりめ」。もう空で言えるぐら い聴いた、寄席の定番である。こんだけ聴いてると、 なまじなことでは笑えなくなるのだが、小柳枝はモ ノが違った。主人公のよっぱらいが何ともかわいく、 文句言いながらも夜中に「ガンとヤツ」を買いに出 かける女房の行動が自然に見せる。中堅どころのや や薄い芸協の興行には、華のある小柳枝は欠かせな い存在である。  喜楽・喜乃の太神楽は、相変わらず喜乃の輪投げ が不安定。五階茶碗など、他の芸はばっちりなのに、 なぜ投げモノだけはスリリングになってしまうのだ ろうか。  この夜はトリまで代演で、枝太郎門下で歌春の兄 弟子にあたる、枝助が登場だ。いつも思うのだが、 この人、ピンチヒッターで出てきたときが一番いき いきしている。もちろん、トリで大ネタを演じてう ならせるといったタイプではない。もうかなりのベ テランのはずが、いつもかわらない、きのいい兄ち ゃんといった風情で、「喜乃ちゃん、いいよねー。 この前まで九州場所に出てたんだよ。化粧もうまく なっちゃって」とニヤニヤしながら悪口を言ったと 思うと、「ライフスペースの高橋って人、血がない んだってね。ムチなんだね」とベタベタなギャグを 言って、一人でテレ笑い。こんなんで大丈夫なのか なと思っていると、いつのまにか、しっかり客をつ かんでいる。裏のない人のよさと、罪のなさが、聞 き手を和ませるのかもしれない。  それにしても、今夜の「蛙茶番」。主人公の半さ んのキャラクターが、枝助とダブってしまい、おか しくてたまらない。  お店の芝居で、舞台番を割り振られてぶんむくれ だが、岡惚れしている小間物屋のみい坊が来てると ささやかれて、ちりめんのふんどしをしめていざ出 陣するが、途中の湯屋にふんどしをわすれてしまい ・・。  着物の下には何もつけてないのに気づかず、尻を まくって「どうでい、ものが違うだろー」とそっく り返る半さんは、どうみても枝助自身。こういう人 って、江戸の長屋にはごろごろいたんだろうなと思 っているうちに、芝居の件まで行かずにサゲになっ た。なんだあ、この間国立劇場で元ネタ(?)の「 天竺徳兵衛」を見てきたばかりで、比較研究しよう と思ってたのにー。とは思ったが、枝助の顔を見て いると、ま、いいかと納得してしまう。  講談で背筋を伸ばし、落語で肩の力を抜く。この 師走、「義士伝」と「掛取り」の両方を聴ける演芸 会はないものか。そろそろ届いているはずの「かわ ら版」一月号で探してみるかと、早足でJRの駅に 向かった。 たすけ


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