たすけの定点観測「新宿末広亭」

その三十三 番組 : 平成十一年十一月上席・昼の部 主任 : 古今亭寿輔 日時 : 十一月七日(日) 入り : 約七十人(零時五十五分入場時) リポート  落語講談浪曲歌舞伎文楽河内音頭小津映画泡坂妻 夫鮎川哲也鰻の蒲焼オムライス讃岐うどん、ぷふぁ ーっ、くるしかったー。思いつくまま好きなものを 並べていくと、途中一度は息継ぎが必要になるな。 これらのほかに、まだ何か好きなものがありますか と聞かれたら(普通聞かんか)、迷うことなく「ゲ ームです」と答えてあげるのだ。  どんなゲームかって?なに、ゲームなら何でもい いのである。テレビゲームにパソコンゲーム、携帯 用液晶ゲームなどの「デジタル系」はもちろんで、 この手のものについての思いの丈は今年五月発売の 拙著「ゲーム千一夜」に書かせてもらった。そのほ かにも、面白いアナログ系ゲームはわんさとあるの だ。「アベ・カエサル」「ドラダ」「スコットラン ドヤード」といった知る人ぞ知るドイツ・ラベンス バーガー社の絶品ボードゲームに、イタリア製で最 高二十人まで遊べるイカス地方札「クク」、イギリ ス伝来でどういうわけか現在は滋賀県彦根市だけで 遊ばれるビリヤード風おはじき「カロム」、そして 花札の六人遊び「八八」(「はは」ではなくて、「 はちはち」と読む)である。  どういうところがいいのか。うーん難しい質問で すなあ(って、だれに言ってるんだ)。 あえていうなら、運とテクニックの絶妙なバランス にしびれるのである。囲碁や将棋のように才能のあ るものが勝つとは限らない。勝つために、出きる限 りの努力はするが、最後の最後は運頼みになったり する。ここらへんの深さが、僕の遊び心を突っつい てくるのである。  ただ、ギャンブル系のゲームは、あまり好きでは ない。ゲームもギャンブルも同じだろうと思うかも しれないが、実際にプレーする場合は、大違いであ る。ギャンブルはゲームとしてみたら、ものすごく 単純素朴なものである。運と技術のバランスなんて ほどのものはなく、肝心なとこはぜーんぶ運任せで ある。こんなのはゲームじゃないぜ。ただ、単純な 分、金のやり取りがダイナミックになってハラハラ ドキドキ度は高まるから、こういうのが好きな人に はたまらないのだろう。というわけで競馬競輪競艇 オートレース賭けゴルフに麻雀チンチロリン、ギャ ンブルと名のつくものはほとんどやってない。やれ ばハマルのがわかってるからやんないだけ、という 説もあるけどね。  寄席とギャンブル、あまり関係ないようだが、実 は意外に話の種がころがっているのである。今は知 らんが志ん生三亀松の昔には、楽屋イコール博打場 みたいだったこともあったようだし、日曜の昼下が りなんぞに浅草演芸ホールに入って、後ろの方に散 らばっているジャンパー姿のオジサンたちを観察し てみるといい。寄席に来ているのに高座にはあまり 関心を見せず、耳にイヤホンをはさんで新聞なぞを ぱらぱらみている。明らかに、すぐそばのウインズ で馬券を買って、レースの時間待ちをしているので ある。時折、高座の芸とはぜーんぜん関係ないとこ ろで「オオッ」とどよめいたりして、これはこれで、 いわゆるひとつの寄席風景と言っても良いんじゃな いでしょうか、ナガシマさん。  さて、十一月アタマの日曜日。G1レース、「菊 花賞」とやらがどっかの競馬場で行われているらし いが、おぎゃあと生まれて二十五年と百数十か月 (かな?)、今だかつて一度も馬券を買ったことの ない僕は、わき目も振らずに末広亭の木戸をくぐっ たのであった。念のため客席後方をチェックしてみ たが、テンパリ気味のオジサン族の姿は見えない。 たしか新宿駅南口に馬券売り場があったようだが、 三丁目の末広亭とは距離があるものね。  かつてB&Bの片割れだった国分健は、関西弁の ものまね漫談が東京の寄席では珍しい。ネタにして いる芸能人は、裕次郎、小林旭、五木ひろし、前川 清。ううむ、ぼくのカラオケのレパートリーに入っ ているのは旭の「北へ」(別名「左遷の歌」。北へ 〜なが〜れるぅ〜、だもんね)だけであった。  続く右紋は新作「懐かしのババアんち」。この人、 最近いつもこのネタである。違うものも聴いてみな いと、実力のほどがわからない。ただ、「ババアん ち」は、何度聴いても楽しいよね。  僕は小学校時代、フケ顔でね、「おやじ」ってあ だ名をつけられて落ち込んだ。この間久しぶりで小 学校の同窓会に出たら、「おやじ」と言われたが、 ほんとにおやじになったので、もう何とも思わない。 ところがねえ、昔「くりちゃん」というあだ名だっ たカワイイ男の子は、見事に「つるちゃん」になっ てて溜飲が下がったーー。なんてことはないエピソ ードの連続なのに、にやりとさせられる。昔へ向け た右紋の視線があったかいのである。  渋い可楽の「六尺棒」の後に、度派手な衣装でマ ジックの瞳ナナが登場した。黒マントに黒いとんが り帽子。魔女の衣装をはらり脱ぎ捨てると、赤い燕 尾服に早代わり。下をみると、ぬあんと太ももあら わな網タイツ姿なのである。マジックショーの衣装 としては、このくらい当たり前なのかもしらないが、 なにしろ建物も空気もくすみきった末広亭で見る網 タイツである。なんかこう、見ては行けないものを 見てしまった感じすらするのである。あああ網タイ ツだ網タイツだ、声が低いな「ニューハーフじゃあ りません」って言ってるな、なんて思っているうち に、いつのまにかマジック終了。すまん。何をやっ たか、まるで覚えていない。こんなことで動揺する とは、たすけもまだまだ修業が足りない。  「労働時間の短縮が言われているけど、あたしの 労働時間は一回に十五分で、月に八時間。年にした って百時間ぐらいかな。仕事は楽だけど、生活は苦 しいです」と笑わせて、柏枝が「小言念仏」を丁寧 に演じる。  続く円は、「目黒のさんま、とお客様に注文され たんだけど、今日は(時間が)押してるからできな いなあ」とぶつぶつ言いながら「鹿政談」に入る。 これだって短い話とはいえないような気がするが。  「一の酉だってえのに、あったかいねえ。昔はお 酉様のころにはマフラーしたもんだよ」と入る、季 節のマクラがうれしい。お酉様の裏手はすぐ吉原、 縁日の日ばかりは女の人が吉原を抜けられたんだと か。円は昭和三十三年からお酉様に提灯一対と熊手 を奉納しているそうだが、「このごろ高くなってね、 奉納提灯が二万二千円。欠かさず奉納してるの、今 じゃあたしと夢楽ぐらいになっちゃったなあ」。と、 一気にしゃべって、残り時間の少なさに気がついた か、いきなり「豆腐屋の亭主その手で豆をすりって、 なんのことだかねえ」と本題に入ったのがおかしい。  太神楽曲芸のキャンデーブラザースは、馬のくつ わにつけてシャンシャン鳴らす駅鈴を傘の上でまわ す芸。このごろずっとやってるよね。「ちりちりち ん」という音色は変わらないのに、夏場は涼しげに 感じたのが、今は何やら物悲しく響く。季節感は、 聴く側の中にあるのかもしれない。円右の世間ばな しのような漫談「CMあれこれ」で仲入。この日も 釈台を前に、イスにすわっての高座だったが、足の 具合、そんなに悪いのだろうか。  歌春代演の小南治「鼻ほしい」で、後半が幕を開 けた。コントD51の代演、茨城弁漫談のローカル 岡の次が、雷蔵代演、小円右の「元犬」。だじゃれ 系の芸人さんが続いた後は、猫八の代演、枝助が陽 気に登場した。  ここまで代演が連続四人、苦情の一つもいいたい くらいだが、明るく軽く、近所のおっちょこちょい のオジサンの自慢ばなしを聞いているような枝助の マクラが、会場をなごませる。  「いやあ、今日は昼に出る予定はなかったんだけ ど、たまたま馬券買いに来たら、つかまっちゃって、 代演なんですよー。菊花賞、今ごろどうなっている かなあ」という、ずいぶんな挨拶に、客席はやんや の拍手。「あたしゃ両国生まれの錦糸町育ち、亀戸、 大島なんてとこもショバだったね」には参った。僕 と氏素性がおんなじなのである。この日のネタは「 生徒の作文」。五分ちょっと、あっという間なのだ が、「山田、いるかー?」「ああ田中か、たしかに 田中だ、後ろは背中だ」、この調子でぽんぽんと続 くやり取りがたまらなく楽しい。  膝代わりの漫才、ひでや・やすこ。前の枝助を受 けて、いきなり「馬連は1番4番ですぅ」と菊花賞 情報をしゃべると、楽屋の下がったはずの枝助が、 シャツにももひき姿で出てきて、「あ、そうなのー。 やっぱりダメだったー」。場内爆笑である。  この夫婦コンビ、今年の五月にCDを出したそう で、自分たちのギャグを題名にした「そういう言い 方って、好きだなあ」を伴奏なしで披露。「今年は CD出して、コマ劇場と大坂の飛天で芝居やって、 漫才もやった。みんな中途半端で終わりそうです」 だって。そう言ういい方って、すきだなあ。  代演勢の熱演で盛り上がった後半の高座、締めは、 やはり爆笑系の寿輔である。「性格は陰気だが、そ の分衣装が派手」のくすぐり通り、黄緑に銀の模様 が入ったアマガエルもどきの着物である。登場する なり前列の女性客グループに大笑いされた寿輔は、 得意の「客いじり」の格好のターゲットが見つかっ たとばかりに、ツッコミ放題。途中、楽屋でガチャ ンと音が響くと、「だれかが茶碗をひっくり返した んですな。落語に集中してないからすぐわかる」。 「寿輔っていっても、花柳ならいいけど、あたしは 古今亭だから話にならない屁みたいなもんだ」「落 語なんかつかまらんもんです。落語家がいろいろや る、その状況が面白いんです」「名人なんてそんな にはいない。今日夜まで聞いていても、名人は一人 も出ないよ」。何を言って受けてしまい、毒舌を連 発していたのだが、ふと顔を上げた寿輔、客席の後 ろの時計が目に入ったのか、「あああ、あと十分に なっちゃった。これじゃ落語をやる時間がない!」。 結局、「女房の悪口」といった漫談ネタをちらりと やってお開きだった。  若手中堅中心の上に代演が多く、充実した顔ぶれ とは言いがたいが、良く笑う素直な客と、菊花賞や お酉様などで季節感を出した演じ手のやる気が、ぴ たりと合って、気持ちの良い流れを生み出した。同 じプログラム、同じ出演者でも、その日その日によ ってまるで印象が違うのである。良い日にあたるか どうかというのも、ひとつのギャンブルといえるの かもしれない。 たすけ


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