たすけの定点観測「新宿末広亭」

その二十五 番組 : 平成十一年九月下席・夜の部 主任 : 桂南八 日時 : 九月二十五日(土) 入り : 約四十人(六時二十分入場時) リポート  台風一過、夏の暑さが戻ってきた。沖縄、九州に 大雨を降らせた台風十八号。東京近辺の雨は心配し たほどではなかったが、その分ものすごい風が吹い た。埼玉県三郷という場末の高級住宅地(?)にあ る我が家の窓は、悲鳴を上げ続け。三方に窓がある 角部屋なので、夜通しガタピシいいっぱなしなのだ。 「突風がなきゃ台風じゃないぜ」と負け惜しみを言 っていたが、さすがに寝不足である。ぼーっとした まま土曜出勤を済ませ、うだる熱気にふうふう言い ながら末広通りへ急いだ。  ふと気がつくと、週末の、それも給料日の夕間暮 れである。今夜中にホークスの優勝が決まるかもし れないし、巨人・中日のデッドヒートも気になると ころ。若貴の不調で乱戦続きの大相撲も大詰めを迎 えている。台湾では大地震の救出作業が続いている。 そういえば、淡谷のり子さん(九十二歳!)の訃報 も流れていた。世間はなんだかあわただしい。なん だかやらなきゃならないことがいっぱいありそうな 気になるのだが、とりあえず末広亭に行く。「そこ に寄席があるからだ」という台詞に、あまり説得力 がないのが残念だ。  中に入って、寄席の世界も忙しいことに気がつい た。上手側、舞台の脇に掲げられた「次回出演者」 の看板の左隅に「馬生」の文字。寄席でこの名前を 見るのは、本当に久しぶりである。馬治改め十一代 目金原亭馬生。襲名披露興行が、鈴本演芸場で始ま っていたのだった。  と、世の中の出来事をぞろぞろ並べてみるまでも なく、今夜の入りは芳しくない。ところが、その少 ない客が、まるで「お膝送り」でもしたように、み ーんな前のほうに固まっている。前半分が七分の入 りで、後ろ半分がガーラガラ。団体貸し切りでもな いのに、この整然とした客席は、どうしたことだろ うか。  笑三得意の「一分線香即席噺」に続いて、ローカ ル岡が鮮やかなブルーのスーツで登場。 「俺の弟、銀行員なんだけど、息子にパパって呼ば せてる。このやろ、茨城のくせに何がパパだと思っ たら、トーサンって呼ばれるとドキッとするからだ って」  ううむ。あの絶妙な茨城弁を、書き言葉で再現す るのは至難の技だ。  茶楽の代演、伸之介が「高砂や」。続いて登場の 寿輔が、客席をざーっと見渡して一句。 「しずかさや 寄席に染み入る 笑い声」  いつもの漫談かと思ったら、新作の「動物園」に 入る。ど派手な着物は着ているが、まっとうな芸で ある。  北見マキの代演、「半農半芸」のコントD51が このごろ面白くてしかたがない。  「半農半芸は去年まで。今年からは全農無芸。み なさん、D51さんに会えて良かったんですよ。め ったに見られないんだから」と続く自虐ネタが、ほ のぼのとした芸風のためにいやみにならない。来月、 本当に稲刈りに香川県満濃町まで帰るのだろうか。  柳橋の「お七」で仲入休憩。後半戦は、南なんの 代演、小南治の「悋気の独楽」で始まった。 独特のうたい調子が気になるが、珍しいネタに次々 挑戦する意欲がうれしい。来月には、紙切りの二楽 と兄弟競演の会がある。  東京ボーイズの登場で、高座がぱっと明るくなっ た。ネタの多さ、アドリブの面白さ、三者三様の個 性、どれをとっても寄席色物のトップクラスである。 三味線伴奏のハワイアンに始まって、六さんの短い 短い「中ノ島ブルース」、五郎さんの「みんな前奏 が同じ自作曲メドレー」とおなじみのネタをつない で、最後は得意の「なぞかけ小唄」。  「芳賀研二という人を なぞかけ問答で解くなら ば 春の花見と解きまする 梅宮桜庭きにかかる〜」。 やんややんや、である。  鶴光代演の小円右が「湯屋番」の後は、柳昇自作 の「カラオケ病院」。不振挽回のため、患者にカラ オケを歌わせるという珍企画をたてた病院の物語と はいうものの、中身は柳昇が延々とカラオケを歌う だけという罪のない落語だ。「星影のワルツ」から 始まって「お久しぶりね」まで計五曲。サゲをいう 時に呼吸が乱れるので、思わず笑ってしまう。芸歴 五十数年、がんばっているなあ。  喜楽喜乃の太神楽で一息ついて、本日のトリ、南 八が登場するや、ニュースの時間になった。  「西武が負けてダイエーが勝ちました。ダイエー 優勝です。セは、巨人は負け、中日勝ち。またゲー ム差が開きましたね。あ、そうそう相撲は武蔵丸、 安芸乃島ともに勝ったので、優勝は明日の千秋楽に 持ち越しね」  南八の情報に一喜一憂する客席。寄席にいながら にして、気になるニュースがすべてわかる。 便利なものである、といっていいのかなあ。  「崇徳院」をさらりとやって、ハネの時間は九時 半ピタリ。  木戸を出たとたんに、背中の辺りで「深夜寄席、 まもなく開演でーす」の声。振り向くと、若い二つ 目が必死に呼びこみをしている。深夜寄席を最後ま で聴くと、終電に間に合わない、三郷住まいがちょ っと情けなくなった。 たすけ


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