たすけの定点観測「新宿末広亭」

その二十二 番組 : 平成十一年九月上席・昼の部 主任 : 桂米丸 日時 : 九月九日(木) 入り : 四十五人(一時三十五分入場時) リポート  仕事にかこつけて、北海道の根室まで、カニを食 いに行った。道東地方の特産、今が旬の花咲ガニで ある。  大ぶりで、無骨な容貌。ごつごつの硬い殻が、ゆ でると真紅に染まる。毛蟹のような繊細な味わいは ないが、太い足にはぎっしりと肉がつまり、かぶり つくと口いっぱいに濃厚な甘味が広がる。納沙布岬 の突端で、コンブ漁の船を見ながら、ゆでたての花 咲を一パイまるごと・、あ、いや、たすけはあくま で仕事をしに行ったのであって、そういうことがで きたらいいなと、思っただけなんだよ。ほんとに。 ははは。  こほん、話を続けよう。たすけが根室を訪れた日 は、ちょうどカニ祭りとかで、道内のあちこちから カニ・ショッピングの善男善女が集まって、静かな 港町は大賑わいである。それはそれでいいのだが、 どこも満員で、一人旅のたすけが止まれる宿がない。 探し回ってなんとかもぐり込んだのが、「駅前にあ る」という以外、ナンの魅力もない商人宿のような 旅館だった。仕事を終えて、霧の港町の、洒落たホ テルで一息のつもりが、ムードも何もないじゃない の。と、宿でふてくされていたら、何やら駅前が騒 がしい。他にすることもないので、徒歩一分の根室 駅前広場に出ると、ものすごい人出。ぬあんとその 夜は、年に一度の「根室サンマ祭り」だったのであ る。  昼のカニ祭りは観光客用だが、夜のサンマは、ま ったくの地域のお祭り。太っ腹な地元船団が、とれ たてサンマ1トンを放出、駅前広場で炭火焼にして、 ただで配っているのだ。  「ハイ、お箸とお皿ね。サンマは一人一匹だから ね」  あれよあれよと思う間に、サンマ行列に組み込ま れてしまった。漆黒の夜空にもうもうと上がるサン マの煙。ブシュブシュと油がはねる焼き立てに、じ ゅわっと醤油をかけたやつを「はいよ」と渡された  サンマのつみれ汁ももらい、道端に座り込んだ。さ わやかな北海道の秋風の中で食べる、はしりのサン マのうまさは、何にたとえるすべもない。感のよい 人は気づいているだろうが、ここはひとこと、言わ ねばなるまい。  「サンマは根室に限る」  涼風吹く根室から、居酒屋とパチンコ屋の間を吹 きぬける風が生ぬるい新宿三丁目へ。  そろそろ「目黒のさんま」の季節だが、この暑さで は、噺家の方がその気にならないかもしれないな。  汗をふきふき木戸を入ると、哀愁たっぷりのナツ メロが聞こえて来た。歌六のノコギリ音楽である。 「君恋し」に、「月がとっても青いから」。菅原都々 子のブルブルふるえる声が、ミュージカルソーのビ ブラートにぴったりで、何とも調子がいい。  遊三の「子ほめ」が終わると、高座にイスが出て きた。何だろうとみていると、くりくり頭の円右が、 もうしわけなさそうに腰を下ろした。  「膝をいためちゃってね。座って座れないことは ないけど、こんだ立てなくなっちゃうし」というわ けで、漫談を少々。体だけは大事にしてください (と、三平口調で)。  正二郎の太神楽の後、中トリ夢太朗の代演に、童 顔の枝助の登場だ。たわいのないマクラなのだが、 愛嬌のある語り口であきさせない。途中入場の女性 客を目ざとく見つけて、  「イヨッ、お嬢様お二人。そろそろおいでになる ころだと思ってたところ。一番前が開いてますよ。 芸人のつばが飛ぶからツバキの間ってね」と実に愛 想がいい。あんまりマクラが長いので、このまま終 わりかと思ったら、ラスト五分に来て、大慌てで 「生徒の作文」を。面白い人である。  後半は、幸丸の漫談から。「加山雄三と桂歌丸が 同い年って、信じられますぅ?」に客席がどよめく。  「こないだ歌丸師匠本人に『若大将と年が同じな んですってね』っていったら、『それがどうしまし た』と平然といわれちゃって・・。話が続かなかっ た」にまた大笑い。  Wモアモアの代演に、女性コンビ、セーラーズ。 本人たちが「こずえみどりみたい」といってる通り、 「嫁にもろてー」的な内容だが、山田邦子に似たボ ケ役に妙なおかしさがある。  「あたしなんかねえ、今三人から『どうぞ結婚し て下さい』と真剣に言われているのよ」  「うそでしょー、誰と誰なのよ」  「お父さん、お母さん、お姉ちゃん」  出張疲れか、体がだるい。笑三の漫談を聴きなが ら、次第に意識が薄れていく。最近末広亭にくると 必ず一回寝てしまうようだ。いかんいかんいかん。 慌てて目をこすると、スリムなはずの笑三の、体の 横幅が二倍になっている。うわあ、ミステリーゾー ン!  よくよくみると、高座にいるのは夢楽ではないか。 うとうとしている間に、次の演者に変わったのだ。 ネタはどうやら「寄合酒」らしいが、動揺している うちに終わってしまった。  ボンボンブラザースのコミカルな曲芸で、ようや く目がさめた。「こんぴら船々」の出囃子に乗って、 トリの米丸がにこやかに登場。もう七十は超えてい るはずなのに、高座姿はいつも若々しい。  マクラでたっぷり語った、「おばあちゃん落語」 で知られた故古今亭今輔の思い出ばなしが面白い。  「師匠が思う、名人とはだれですか」  「三遊亭円朝と、柳家金語楼でしょう。この二人 は、自分で落語を作りました。自分で作れない人は 名人ではありません」  古典至上主義が優勢だった戦後の落語界で、新作 派の看板として奮闘した今輔らしい発言だよなあ。 米丸は、この今輔に「あんたが熊さん、八っつあん で何とかなるのは二十年かかる。新作なら、もっと 早い」と、古典を教わらず新作一本で育てられた。 今輔の新作は直球勝負、楷書の芸だったが、弟子の 米丸の新作はソフトで柔軟である。  昔話に興が乗ったか、「昔の新作をやります」と、 「もらい風呂」に入る。団地の風呂が壊れて、近所 にもらい風呂に行ったが、三号館と四号館を間違え て・・というストーリーは、かつて古典派が「だか ら、最近の新作は」と揶揄した範疇に入るものなの だろうが、さすがに古いが、米丸の手馴れた演出で、 安心して聴ける。現代新作派にも評判の芳しくない、 いわゆるサラリーマン新作も、手堅い演者でそうざ らいしてみたいものだ、などと考えながら、通りへ 出た。  そういえば今日も、「目黒のさんま」が聴けなか った。夕方になっても、外はまだまだ蒸し暑い。 たすけ


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