たすけの定点観測「新宿末広亭」

その二十 番組 : 平成十一年八月下席・昼の部 主任 : 柳家小満ん 日時 : 八月三十日(月) 入り : 約九十人(十三時十五分入場時) リポート  八月の末に、遅い夏休みをとった。 たった一日だけなのだが、沖縄の那覇市に行く話が あったので、ほいほいと南の島へ出掛けた。 どうです、この軽快なフットワーク。ジャーナリス トはこうでなくっちゃね、と誰も褒めてくれないの を見越して自画自賛しちゃうんだもんね。ふふん。  実はこの間、「胃袋で感じた沖縄」なる本を読ん だのだが、これがオキナワのメシを驚異的なペース で食べまくり、食堂や居酒屋のテーブルでウチナー 文化を考えるという、心躍るような内容なのだ。 「時そば」のにーちゃんじゃないが、「オレもやっ てみよー」と思っていたところに、沖縄行きの話だ もんねー。もう、待ったなしで、JALの「リゾッ チャ99」号に乗ったのだった。  ぐわーっと青い南国の空。さあ出陣と、ホテルに チェックインするや、沖縄そばやアメリカンステー キのお店に電話攻勢だ。  と・こ・ろ・がー、どこにかけても通じない。ど うしたのだろうと不安になりかけた四軒目、ネーネ ーズが連日濃ーいライブを聴かせてくれるという 「島唄」の留守番電話で、自体が判明した。  「お盆のため、臨時休業させて戴きます」  知らんかった。沖縄のお盆は東京などよりずっと 遅くて、八月二十日すぎからなんだって。で、たす けが那覇についたのは、ちょうど最後の「送り」の 日だったのだ。それじゃあ、お店なんかやってるわ けないじゃないの。念のため、アロハシャツ姿のフ ロントマンに問い合わせたら、「中心街の国際通り でも六割以上は休業ですねえ」とのこと。そういう わけで、「首里そば」も郷土料理の「ゆうなんぎい」 も島唄ライブハウスもみーんな休み。いやあ参りま した。  探しあぐねた末、首里城の近くでようやく見つけ た八重山そばの店。淡いスープに細切りの豚肉と煮 カマボコが乗った、素朴なそばをヤケ食いして、す こーしは留飲を下げたが、たすけの沖縄食紀行、リ ターンマッチをせねば男がすたるぞ。  と、怒りと絶望と空腹に揺さぶられるまま、長々 と書いてしまった。このままでは、いつまでたって も末広亭にたどり着かない。食い物の恨みは一時忘 れて、木戸をくぐった。  高座では、最近太り気味の一九が「まあ、おぶや のお兄さん」と両手を泳がせている。「湯屋番」の 道楽若だんなが、番台の上で、色っぽい妄想を膨ら ませるくだり。だれがやっても面白いところで、当 然、一九がやっても面白い。これじゃ褒めている事 にならないか。  病み上がりの宗十郎のような、今いち元気のない 二三蔵が「ちりとてちん」を。 続いて、本当に病 み上がりのゆきえ・はなこが「オペラ」漫才。どち らも寄席では貴重なバイプレーヤー、頑張れよーと 心の中で声をかけた。  やや静かになった客席を、権太楼が「金明竹」で ひっくりかえす。骨とう屋の店先、使いの者が大阪 弁で、しかもかなりの早口で口上を述べるので、店 番の与太郎には皆目分からない。「十銭やるから、 もっかいやれ」と言われ、「わて、ものもらいちゃ いまんねん」と怒る大阪弁の男。珍妙なやり取りが 繰り返されるたび、笑いの渦が広がっていく。  小せんの「トイレ文化論」、太田家元九郎の津軽 三味線と続いて、中トリさん喬の代演が、市馬だっ た。まだ三十代なのに、すでにベテランの風格。カ ラオケに行くと、三波春夫の「俵星玄番」をセリフ 入りで歌ってしまうという大物の、この日のネタは 「高砂や」。小さなネタを、悠揚迫らず、じっくり と演じられると、「これって、けっこう良い噺なの では」と思ってしまうから面白い。  中入りに、伊勢丹の地下で買ってきた「まむし弁 当」をぱくつく。まむしといっても三太夫ではなく、 大阪名物の、メシの中にかば焼きが入っているアレ である。九百円したが、うなぎが少ない。  すっとんきょうな声で、同じセリフを繰り返す。 独特の口調で忘れられないさん生が「よっぱらい」 で後半戦の幕を開けたが、笑組の漫才でまぶたが重 くなり、小燕枝の「お菊の皿」で意識が飛んだ。一 瞬だが、沖縄そばの夢を見たような・・・。  この間、初めて独演会を開き(何でいまごろまで やんなかったのか)、乗ってる志ん五が「たいこ腹」 を軽快に。仙之助・仙三郎のおなじみのネタ、花笠 の投げっこに前の席の女性三人組が「ほおーっ」と 感嘆の声。日ごろ見慣れているので気がつかないが、 曲芸は人を驚かす「感心芸」なのである。  昼の部の締めは、粋な芸風で、仲間うちにもファ ンが多いという、小満んである。八代目文楽のある 一面を確実に受け継いでいるから、オールドファン にはうれし懐かしの存在だろう。かくいう僕も、大 好きな六代目円生の面影を求めて、孫弟子の鳳楽を 聴きに行くことがある。もっとも、先方もお通しで 「あたしじゃなくて、円生ネタを聴きたいんでしょ、 そういう客、けっこういるんですよ」とズボシをつ かれたことがある。  さて、今日のトリネタは「猫の災難」。ありゃり ゃ、これは文楽じゃなくて、小さんのネタだよねー と聴いていたら、随所に小さんが顔を出す。してみ ると、小満ん落語には、文楽と小さん、両師のエッ センスが振り掛けられているのだろう。先代のまね っこというわけではない。弟子筋の落語の中に、懐 かしい名人芸がちらりと顔を出す。芸の継承という 言葉を思い出して、うれしくなった。    外に出ると、日差しがきつい。「目黒のさんま」 を聴けるのはいつごろになるかなと考えつつ、三丁 目の交差点を、JRの駅の方へ渡った。 たすけ


表紙に戻る     目次に戻る