たすけの定点観測「新宿末広亭」

その十六 番組 : 平成十一年八月上席・昼の部 日時 : 平成十一年八月十日(火) 主任 : 三遊亭円弥 入り : 約七十人 リポート  今日(八月十日)はたすけの誕生日だった、と気 がついたのは、末広亭に向かう地下鉄の中だった。 楽日近くになっても上席・昼の部へ行く時間がとれ ず、それどころではなかったのである。    もっとも、子どもの頃からずっと、夏休みの真ん 中辺りにやって来るやって「誕生日」が好きではに なれなかった。  東京の下町、といえば聞こえはいいが、小さな町 工場やら商店やらが雑然と並ぶガサツな町で育った たすけには、「田舎」というものがない。親類縁者 (といって)はもれなく、東京・隅田川の右岸にあ る、深川という狭い地域に住んでいるからだった。  「僕ねー、秋田のおじいちゃんとこに行くんだ」  夏休みが始まるや、周囲のガキどもはみんな「田 舎」に行ってしまう。あっという間に一人ぼっちに なった頼りなさに、母に「僕も田舎に行きたい」と 訴えると、「じゃあ、おばちゃんのとこにでも行っ といで」。叔母の家は隣町である。泊まりに行った ところで、我が家と何ら変わるところがないのであ る。  友だちもいない、お泊まりに行くところもない。  そのうえ、一人っ子で兄弟げんかもできない。そん な夏休みに誕生日を迎えて、何が面白いのというの か。  さすがに元気のないわが子が気になるらしく、ご くまれに母が連れていってくれるのが、寄席なのだ った。母が特別に落語ファンだったというわけでは ない。当時の我が家、というか下町の普通の家庭で は、寄席に行くのと映画を見るのと、それほどの差 はなかった。どちらも手軽な大衆娯楽だっなのだ。  母が普段着なら上野の鈴本、ちょっとおめかしし ている時は、日比谷映画街にある東宝名人会だと見 当が付いた。これが浅草の場合は、寄席よりも映画 見物の可能性が高い。ディズニーアニメを封切りで 見るのが一番の楽しみだった。  ただ、末広亭だけは子どもの頃に行った記憶がな い。江東区の住人が遊びに行くのは、浅草、銀座、 日本橋と、山手線の東側ばかり。新宿、渋谷は、遠 い町だったのである。  柄にもなく、物思いにふけりながら木戸をくぐる と、さん吉の明るい声が響いている。寄席土産の手 ぬぐいを広げながら、今月から募集が始まった「末 広亭友の会」の宣伝をしているのようだ。  「いやもう、これはお得ですよ。寄席グッズもも らえるしね」  おそらく今入場したばかりなのだろう、リュック をしょった年輩客が下手通路をゆっくりゆっくり歩 いている。その客の顔を見たさん吉が、  「あ、このおじさんも会員なんですよ。しかし、 あなた、毎日来ているね」といじると、  くだんのおじさんは、にっこり笑って「そうそう、 さん吉さんが出ているからね」。 こっちの方が役者が上だ。  さん吉の「そこつ長屋」はなんとかもったが、次 の南喬、「あわびのし」の半ばで意識を失う。疲れ ているのかなあ。  ぼーっとした頭を目覚めさせたのは、アサダ二世 の代演、太田家元九郎の津軽三味線だ。ぶっきらぼ うなお国言葉でうんちくをたれながら、「エル・コ ンドル・パサ」、「ラ・クンパルシータ」と珍しい ところを聴かせ、次の「パイプライン」で喝さいを 浴びる。エレキギターのテケテケテケテケが、津軽 三味線に乗るとさらにパワーを増す。ラストの「じ ょんがら」で完全に目が覚めた。  歌司の「よっぱらい」の後、中トリの金馬が「里 帰り」をたっぷり聴かせてくれた。昔の新作、とい う言い方はおかしいかもしれないが、いわゆる「創 作落語」世代の人情ばなしである。たすけが聴いた のは「金馬師のをわきで聴いて覚えた」という柳昇 バージョンばかり、”本家”のは初めてである。さ すがに古臭さは否定できないが、お盆の昼の部、木 造の末広亭という「場」が、不自然さを消してしま う。滋味あふれる、いい高座だった。  後半は、扇生の代演、市馬の「出来心」で幕を開 けた。  遊平かほりの夫婦漫才、小せんの代演、小金馬の 「のっぺらぼう」と、東京の芸人らしい、あっさり 味の芸が続いた後は、これも江戸前の芸が売り物の 一朝。「一朝ケンメイやります」という、いつもの セリフを照れ臭そうに行ってから、すっと「たがや」 に入る。江戸っ子の心意気を歯切れのよいタンカで 聴かせる夏の名作。よい「たがや」出会うと、涼し さの表現は一言もないのに、さっぱりといい気分に なる。  ところが、である。「たがや」ですっきりしてし またのが、いけなかった。ヒザ替わり、紋之助が回 す江戸曲独楽で目が周り、意識がだんだん遠ざかる。 ああ、次はトリなのにと思っているうちに、目が閉 じたようだ。  「お前さん、起きとくれよ」  落語の国でうたたねをしたら、こう言って起こし てもらいたいのだが、たすけが目覚めた時のセリフ はちょいと違った。  「おい、あすこにいるの、亀ちゃんじゃないかい」  なんと、大ネタの「子別れ」ではないか。寄席の 昼の部でやる噺じゃないぞと、体を起こすと、額に じんわり汗をかいていた。高座を見ると、トリの円 弥が、汗こそ見せないが、本気の高座である。  酒と女に狂って、女房子どもを追い出した大工の 棟梁。一人になって、ようやく我が悪行に気がつい た。一からやり直しと、地道に働いて三年目、木場 へ行く途中の道端で、わんぱく盛りに成長したわが 子に再会する・・。  柳家の「子別れ」は、子どものかわいさ、けなげ さの表現に重点を置いたやや泥臭い演出だが、三遊 亭、特に円生一派はさらりと、きれいに話をすすめ る。自然、父親である棟梁の心の動きの描写が見ど ころになる。膨大なネタを持つ円生の、ある一面を 確実に継承している円弥の実力がうかがえる、見事 な江戸っ子棟梁であった。  予定の四時半を少し回ったところで、下げとなっ たが、舞台の幕はまだ閉まらない。  「お暑いところをお越し下さったお客さまに感謝 して、もう一汗流そうと思います」と立ち上がった。  金扇を持って、寄席の踊り「五万石」。「本物を 忘れたから」と、袴の柄を印刷した手ぬぐいを前に 当てたのが、妙にかわいらしい。大まじめな踊りと、 アイデア商品の手ぬぐいの取り合わせがおかしくて、 楽しい大喜利となった。  ここ数年の最も気分がいい八月十日。並びの喫茶 店でケーキセットでも食べて行こうかとうかと思っ たが、山積みの仕事を思い出し、あわてて丸ノ内線 の階段を下りた。 たすけ


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