たすけの定点観測「新宿末広亭」

その十三 番組 : 平成十一年七月下席・昼の部 日時 : 七月二十四日(土) 主任 : 春風亭昇太 入り : 約六十人 リポート  じりじりと肌をさす日差しの中、末広亭に向かう 足取りが弾んでいる。  夏休みの小学生ならともかく、手放しで梅雨明け を喜ぶには、たすけは年をとりすぎている。それな ら、何がうれしいんどすえ〜(と、ここだけ舞妓言 葉)かというと、今日の末広亭の番組である。下席 の昼は、人気者・春風亭昇太が、真打昇進以来初め て、末広亭のトリをとっているだ。  「寄席を変える男」と期待が高まる末広亭の三代 目と、正月ぐらいしか寄席には出ずマイペースの活 動をしてきた昇太サイドが、どう折り合いをつけた かはわからないが、とにかく、昇太が定席のトリを とる。変わりつつある末広亭の番組の正朝、じゃな かった象徴ともいえる今席は目を離せないじゃない の。  この間の日曜、三越劇場での昇太の会(なんと似 合わない組み合わせだろうか)で、「不動坊」を楽 しんだ後、ロビーでばったり会ったスタッフのY氏 が言ったものだ。  「一番の理由は、たまたま昼間があいちゃったか ら。でもね、昇太はけっこうやる気で、休みなしで 毎日出ます。平日はともかく、土、日は二階を開け るぐらいの気持ちでやりますよ」  盆と正月とGW、あとは暮れの「さん喬権太楼の 会」ぐらいしか使わないから、落語ファンでも中を 見た人が少ないという、あの幻の二階席を開けよう というのである。ふーん、面白いじゃないの。それ なら、たすけの定点観測も土日に行わなければ、週 末の午後、それも、この後会社で夜勤(夜中の一時 半まで拘束される、悪魔の勤務なのだ)という悪条 件の中、うきうきと末広亭に向かったのだ。  「東京かわら版」の二百円割引でテケツをクリア ーして入場。ざっと場内を見渡すと、一階座席は八 割ぐらい、両側の桟敷もけっこう埋まっている。ス リムなお茶子さんの案内で上手側前方の座席に座る や、後ろ上方を振り返った。残念、二階座席はカー テンがしまったまま。しかし、定点観測をはじめて から、文句なしで最高の入りである。こりゃあ明日 の日曜は、もっといくかもしれないぞ。  てなことを考えているうちに、可楽の愚痴っぽい 「鰻の幇間」が終わり、「かもめの水兵さん」の出 囃子で、はじめてみる若手(だよな)漫才、セーラ ーズの登場。「私の結婚式」てな感じの、女性コン ビらしいネタで無難にまとめたが、派手な衣装に似 あわず、線の細い芸である。せめて「にゃん・金」 ぐらいのはじけぶりが見たい。  メクリ(というか、末広亭は名札の張りだしだ) が代わって、かつて昇太が、その不思議なファッシ ョンセンスをやたらネタにされていた、兄弟子鯉昇 の「犬の目」。  「梅雨明けとはいえ、はっきりしない天気が続き ますが、私などはもともとはっきりしない人生なの で、どうということは・・」と、はっきりしないマ クラで客を煙に巻く。本題の方は、がらりメリハリ がきいた展開で、迷医シャボン先生のマンガチック なしぐさを見ていると、亡くなった小南の顔を思い だした。晩年、芸術祭賞などをもらって、すっかり 大家(おおや、じゃないぞ)になってしまった感が あるが、この「犬の目」とか「ドクトル」とか、た わいのない小品が驚くほど面白かったなあ。  続く夢楽が、蜀山人の狂歌「庭に水、新らし畳、 伊予簾」から、いきなり「青菜」へ。いささか強す ぎる末広亭のクーラーをものともせず、江戸の夏を 描き出す。お次の色物は、茶髪のマジシャン、北見 マキ。弟子の北見伸の代演に出てきたが、次々繰り 出すネタの多さとバラエティに感服。中トリの遊三 「不精床」も合わせて、芸協のベテラン勢、どうし てどうして健在である。  仲入をはさんで、昇太一派の元気者、北陽がにぎ やかに「越の海勇蔵」を読んだ。  「講談師はただいま四十七人。都道府県に一人の 勘定だから、県知事並みの地位かな」と胸をそらせ た後で、「イリオモテヤマネコは百頭いるから、そ れより少ない講談師は滅び行く動物か」と笑わせる 。ギャグだくさんのマクラがそのまま講談入門にな っていて、楽しい。  Wモアモアの代演、扇鶴の都々逸をはさんで、桃 太郎がぬぼーっと登場。  「昔船で遭難したんだけど、米と肉があったので 、煮て食べて助かったんだ。タイタ(炊いた)ニッ クって」  相変わらずのバカ小噺連発の後は、相変わらずの ナンセンス篇「結婚相談所」。いつも同じなんだが 、いったんはまると、異様なドライブ感に襲われて 笑いがとまらなくなる。何度も書くけど、一度この 人の頭の中をのぞいてみたい。  円雀の代演に、久々の雷臓。「八」の字にまつわ る薀蓄を尋ねる根問モノをトントンと。ひざのボン ボンブラザーズ、今回はゴルフボールを落としたり 、客のバッグ強奪に失敗したりとミスが多かったが 、しくじった時の慌てぶりにも愛嬌がある。得な芸 人さんである。  さてさて、待ってましたの真打登場。「デイビー クロケット」の出囃子にのって、はかま姿の昇太の 小走り。昇太ファンの若い客と、寄席になじみのな い中年カップルが半々という客層を、どう料理する かと見ていたら、独演会や新作の会でおなじみの生 活雑感ネタを振らずに、つい前日にあったばかりの 全日空機ハイジャック事件から、和歌山カレー事件 で最も良い人と思われる「三十五歳、会社員」のエ ピソードを、いわるゆワイドショーネタを昇太流の 独創的な視点で分析し、両方の客から笑いを引き出 していく。  で、注目のネタは、昇太の出世作「ストレスの海 」である。すでに懐かしの作品といってもいいのだ が、鮮度はまったくあせていない。「力士の春」と 共に、お蔵になどせず、どんどんかけてほしいネタ である。トリネタにはちょっと短いけどね。  で、昇太のトリは成功だったのか。うーん、平日 のみなきゃわからないけど、寄席の客はたのしいだ ろうな。普段、テレビやラジオでしか昇太を知らな いひとには、いきなりの独演会よりも、まず寄席の 高座を見てもらったほうがいいかもしれない。ただ 、昔っからのファンには、番組構成がちと物足りな い。今回は、柳昇一門とか昇太色とかいうものを強 くは出さず、普通(?)の芸人さんとの混成部隊だ ったが、せっかくの機会なのだから、たすけとして は、破天荒で、開いた口がふさがらないような弔い 、違った違った、番組にしてほしかった。  たとえば「昇太が選んだ面白芸人たち」とか、中 に若手大喜利をはさむとか。逆に、普通にやるなら 、中トリまでを、文治、小柳枝といったバリバリの 本格派を並べて、後半、一転して爆笑系をそろえる とか。昇太のトリ起用は、明らかに寄席側のやる気 の証明だろう。それなら、そのやる気にきちんと応 えるのが、芸人というものである。人気実力とも上 り調子の昇太がやらんで、だれがやるの。と、まあ 、たすけの勝手な言い分だが、「次」があるなら、 ぜひ考えてくださいな。きっとまた、見に来るから さ。 たすけ


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