たすけの定点観測「新宿末広亭」

その十一 番組 : 平成十一年七月中席・昼の部 日時 : 七月十六日(金) 主任 : 柳家つば女 入り : 約六十人 リポート  朝からむちゃくちゃに暑い。日差しだけなら我慢 もしようが、この湿気である。何もですねえ、野暮 用(って、仕事です仕事)で、久々にオンワード・ バーゲンで買ったスーツを着こんだ日に限って、こ の蒸し暑さはないんじゃないの。これじゃ堅気の会 社員が仕事する気をなくしても仕方ないよなと、昼 席通いのやましさが少し薄まった金曜の昼下がりで ある。ま、たすけが何をどう思おうと、末広亭のは いつもの末広亭なのだが。  モギリでいただくパンフの中に、余一会のちらし が入っていた。おお、今月はボーイズバラエティー 大会かぁ。もう何年も昔のことになるが、たまたま 末広亭の前を通ったら、なななんと、あの坊屋三郎 自らが呼びこみをしていて仰天した。  「面白いから、みていきなよ」  歴史上(もちろん芸能史ね)の人物に直接声をか けられては、後へ引けないわな。言われるままに木 戸をくぐったら、意外な大入りにまたまたびっくり 。でも良く見たら、前のほうにいるのはみーんな内 輪の人間らしく、「いやー久しぶり。元気〜?」な んて芸人が高座から声をかけたりして。アットホー ムのような、秘密クラブのような、わけのわかんな い雰囲気に圧倒されたことがあった。  小せんの「芋俵」が佳境に入っているというのに 、余一会のチラシを熟読するたすけ。 しっかし不思議なのは、「ボーイズバラエティー大 会」は何度も見ているはずなのに、どうして毎回こ んなに知らない芸人がいるのでせう。  ハーモニカのムッシュ・タケウチ、漫才のかいじ ・かなた、トークショウの豊年万作、コントエルビ スにボードビルのハウゼ畦元。昼の部だけでも半分 以上が初めて聴く名前。ううう、いったいなんなん だ。  続いて夜の部を見ると、石黒サンペイ&広田実の ぼんおどり(!)、おこさまランチ、男性ホルモン ズ、チープユニットという、いかにもな名前のコン トチーム三組。今まで上げた芸人さんをみんな知っ てるという人がいたら、名乗り出てほしい。巣鴨の とげ抜き地蔵のお参りのように、頭をなでなでして あげたいぞ。  あやしくも楽しそうなバラエティ芸人に思いをめ ぐらす間、横目でチラチラ見上げた高座では、小正 楽が「相合傘」と「線香花火」と「大石蔵之助」と 「四畳半」を切りぬき、馬の助が「えびす大黒」と 「達磨大師」と「分福茶釜」の百面箱を熱演してい た、らしい。  中トリの円歌(ここからようやく高座に集中であ る)は、いつもの「中沢家」に入らず、「おれは都 バスの無料パスを使わないのに、小せんは喜んで綾 瀬からパスを使ってやってくる」なんて老人ネタで つないでいく。「今日はそういう客が多いから」と いうが、そうでもなかったような。  「江戸時代は旧暦の五月二十八日が花火の当日で 」なじみのセリフのテンポの良さに顔を上げると、 菊丸の端正な顔。「くいつきにはたいした芸人はで てきません」と言いながら、力の入った「たがや」 だった。  「健康ドリンクって、ききませんよ。あれがきく なら、ジャイアンツは優勝です」と笑いをとりなが ら、ゆめじ・うたじは、おなじみの「鰻」。続く川 柳の「歌は世につれ」の半ばで、あああ、睡魔が・ ・。まどろみの向こうで、「朝だ夜明けだ〜」とい う張りのある歌声が流れていた。  権太楼の「な〜に〜」で目がさめた。「町内の若 い衆」の主役の一人、西日の好きな長屋のかみさん の迫力は、この人が一番。実際のおかみさんもかな りなガラガラ声だが、落語のアレにくらべりゃ、優 しい奥様である(って、くらべちゃ失礼だよね)。  ひざがわりは小雪の太神楽。五階茶碗を立てると きの、腰に当てた手がぴんとりりしい。  「最後に出てくるといっても、えらくないんです 。主任に口なしといって」  ぼそりという、つば女のつまらなそうな顔がおか しい。ネタの「錦の袈裟」は可もなく不可もなし。 この人、若いときは、歌も踊りもうまく、色っぽい 噺家だったよね。それが、いつのまにか渋みが増し 、その分艶っぽさが薄れた。いいことか、悪いこと か、結論を出すのはもうちょっと後のことだろう。  帰りがけ、夕方になっても一向に収まらぬ湿気に 閉口していて、思い出した。そうそうパンフの中に 、扇橋の俳句があったはずだ。芸風通りのほのぼの 枯れた句でなごもうじゃないのと、ごそごそやって みたが、定位置である番組表の横辺りには見当たら ない。あれれ、いつからなくなったのだろう。「噺 家の季節知らず」なんて決まり文句があるが、落語 のネタ以外には意外に季節感がない寄席定席の、貴 重な風物詩だったのに。   梅雨の夜 一句浮かばず遠回り       うまくないなあ。 たすけ


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