たすけの定点観測「新宿末広亭」

その十一 番組 : 平成十一年七月中席・夜の部 日時 : 七月十四日(水) 主任 : 春風亭正朝 入り : 約四十人 リポート  昨夜の大雨で在庫を一掃かと思った梅雨空は意外 にしぶとく、昼過ぎごろから、いつ降り出してもお かしくない雲気である。見上げれば、どんより垂れ こめた雨雲が「わても商人、蔵にはまだまだ雨のタ ネがありまっせ」と、なぜか大阪弁で語りかけてく る。千両みかんじゃあるまいし、蔵の中にはそうそ う品物があってたまるものか。  汗をふきふき木戸をくぐると、「濃いお茶が一杯 ほしい」といきなり「まんこわ」の下げである。扇 子を持った右手を泳ぐように動かしながら小走りに 引っ込む、円菊独特のしぐさが涼しげなのは、キャ リアのなせる技だろうか。  出囃子が変わって「犬のおまわりさん」。はて、 誰の主題歌だったかと首をかしげていると、このと ころ末広亭で良くみる笑組の二人が登場した。「こ の後全部ごらんになっても、僕らより若い色物は出 てきません」ときっぱり。きけば、彼らが定席漫才 の最年少なんだそうだ。青紫と黄色という派手なス ーツは目を引くが、芸のほうはいたって普通のしゃ べくり漫才、見た目ほどのインパクトはまだないよ うだ。  次は最近ご無沙汰(もちろん、たすけの方が一方 的に無沙汰をしているのだが)の円丈だぞと、背筋 をのばしてスタンバイしていたら、寄席名物(?) の代演である。なんでいなんでいとすねていたら、 この日のピンチヒッターは、ななんと南喬。あ、こ れならたすけは文句ありません。さきほどは早飲み こみで不穏当な発言をしてしまい、深くお詫びいた しますですハイ。この日のネタは「大安売り」。最 近、若いころの桁はずれのパワーがなりを潜めてい るのが残念だが、骨太で、どこかとぼけた味わいは、 寄席に欠かせないものである。  勝之助・勝丸の大神楽で一息つくつもりが、つき 過ぎて爆睡モードに。気が付くと、次の円窓がマク ラを終えて、ネタにはいるところだった。氏家の地 蔵菩薩が、日光・二荒山神社でそうめんを大食いす るーー。ローカル色豊かな舞台設定と、はっきりし ないサゲから考えると、ちかごろ円窓が盛んに取り 組んでいる民話落語ではないか。あとでHPで調べ ることにして、いちおう「そうめん地蔵」としてお こう。  中トリは扇遊の「一目上り」。掛軸をほめるたび に、讃(三)から詩(四)、詩から悟(五)へと一 目ずつ上がっていく。にわか仕込みの知識に振りま わされる若い衆の描写に、江戸の香りが濃厚に漂う。  仲入の間に、伊勢丹で百円引きにしてもらった米 八おこわ弁当とジャワティーという、ハイソサエテ ィな夕餉である。末広亭の狭い椅子で、缶入り飲料 も米粒もこぼさないで食事をするのは、小笠原流の 家元でも難しいのではないか。寄席で弁当なぞ野暮 天で、とは思うのだが、なにせ梅雨バテの中年オヤ ジ。深夜の桂花ラーメンより、早目のヘルシー弁当 なのである。とほほのほ。  食いつきの志ん馬は「紙入れ」。この人の色っぽ い武勇伝の数々は、いろんなとこから耳に入ってく る。女のアパートのドアを開けさせるためのテクニ ックその一、とかね。そういう色男が「人の女房と 枯れ木の枝は、上りつめたら命がけ」なんていって るんだから、ついついニヤニヤしてしまうのだ。  続いては、夫婦漫才の遊平かほり。かほりのマシ ンガントーク、また一段とスピードが増したなあと 感心しつつ、横でちんまりしている遊平に目をやる と、なんか様子が違う。よくみると、おお、メガネ がごっつい黒縁から、ソフトなメタルフレームに変 わっている。ま、芸風はかわんないけどね。  かほりの早口がまだ舞台にのこっているところへ、 ふわーっと登場した雲助が、にぎやかに「子ほめ」 に入った。前日(十三日)の落語研究会のトリで、 芝居仕立ての後半を付けた「宮戸川」の通しを端性 に演じた人が、今日は赤ん坊の寝床をのぞいて「育 つかなあ」とおどけている。雲助の芸の幅、奥行き の深さには、参りましたという他はない。  お次の扇橋は、相変わらずの「二人旅」。この人 のこのネタ、寄席で何回、何十回聴いたかわかんな いぞ。なんてね、文句ばかり言ってるけど、もしも 将来寄席で聴けなくなったら、すっごくさびしいん だろうな。  今日はうれしい代演ばかりだ。ひざがわりの小円 歌に変わって、小正楽が登場。小円歌が悪いという のではないが、寄席のファンで、だれか色物さんの 代演が小正楽だったからといって怒るようなやつぁ ーいるもんかい、てなもんである。「線香花火」を きれいに切った後、注文の「蛍狩り」「七夕」「米 寿の祝」をきちんと片付ける。「米寿の祝」を頼ん だ客に「これから(お祝いを)やるんですか?いつ でも行きますよ」とちゃっかり営業するので、場内 大爆笑。最後に「小さん」で拍手をとり、すっと帰 っていく。「これにほれなきゃ、何にほれるんだ、 なあオイ」と、下戸のたすけも酔った振りである。  さて、今夜のしんがりは、「落語の日」創立に張り 切る正朝だ。  「このごろイライラしてねえ。前座なんか、すぐ 怒鳴るから、きらわれてんだ。(楽屋を見て)な、 きらいなんだろ。もう、みんなにきらわれてやるん だ。(先代)志ん馬師匠みたいに」  なんて、へんてこなマクラをふってから、  「麻布の古川に、お家主の・・」と本題に入る。 「小言幸兵衛」である。  朝っぱらから長屋を一回りして方々で小言の嵐、 家に帰ってからばあさんにと、エスカレートしてい く小言に、笑いのボルテージがぐんぐん上がってい く。そういえば、先代志ん馬は、ほんとに気難しか ったらしく、これまたいろんな若手からイジラレ話 をきく。もっとも、弟子の志ん次(当代志ん馬)に は大甘の大甘だったそうだけど。  「小言幸兵衛」というネタ、この間、この末広亭 の小三治トリで聴いたばかり。小三治の家主は貫禄 があるが、正朝演じる大家の小言には愛嬌がある。 いろいろなタイプの演者で聴いてみたい、奥の深い 噺なのである。三十五分の大熱演、十分堪能して表 に出ると、案の定のおしめりだ。道灌の気持ちで小 走りにーー、ってのは前にやったね。それじゃあ、 ちょいと悪ぶって、傍らの蛇の目を奪い取り、テキ が文句を言ったら下駄で蹴り倒すか。ううむ。新宿 三丁目で「髪結新三」を気取るのは、さすがにたす けには荷が重いのであった。 たすけ


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