たすけの定点観測「新宿末広亭」

その十 番組 : 平成十一年七月上席・昼の部 日時 : 七月十日(土) 主任 : 三笑亭可楽 入り : 約百人 リポート  野暮用続きで昼の部をみに行けないまま、ついに 楽日になってしまった。  定点観測も十回目にして、ついに穴が開くのかと、 ああ世間様に対し、なんとおわびをすればよいかと 一人悩むたすけであったが、考えてみたら、勝手に 「定点観測」をやろうと決めて、勝手にじたばたし てるだけ。たすけがそういう事態に陥っているなん て、まわりの客はなーんにもしらんのである。  われながらバッカみたいとは思うのだが、そんな ことを考えるより、とにかく昼の部、昼の部と新宿 三丁目まできたら、にわかの村雨じゃなかった、空 腹である。こんな時に「そば清」や「蛇含草」なん かやられたらたまらない。木戸前でUターンして、 四つ角のビルの地下にある「鉄っちゃん」(鉄道マ ニアの店ではないぞ、刺身屋さんである)に駆け込 んだ。  お気に入りのマグロ中おち丼に本日特売のブリの 刺身をのっけて、「ブリ中おち丼」九百四十円なり。 あああ、うめーっと、一気にかっこんで、末広亭に 突撃。  腹が膨れてやさしい気分(たすけは普段も優しい が)のところへ、優しく涼しげな音が聞こえてきた。 舞台はキャンデーブラザースの傘の芸。駅路、ある いは駅鈴というのだろうか、芝居などで馬の鼻先に 付ける鈴を、傘の上で転がしている。しんと静まり 返った客席に、ちりんちりんと鈴の音。蒸し暑さを 忘れる、夏の芸である。  女流講談のすみれは休演のはずだが、舞台には小 さなテーブルと椅子がおかれた。あれれと見ると、 柳桜が代演なのだった。病気で両足を失ったため、 正座はできず、椅子に座っての高座なのだが、ひょ うひょうと歩いて出てくる様をみると、とても義足 を使っているとは思えない。「こういう形でやるこ とになっているのです」とさらり言うだけで特に事 態の説明もせずに、「ちりとてちん」へ。さすがに 多少の違和感はあるが、聴いているうちに、上半身 のみの落語ということを意識しなくなる。「落語界 の中畑清」と笑いをとる、とぼけた味わいだけでは 片付けられない、ひごろの精進をうかがわせた。  寿輔には縁がないのか、この日も小円右が代演で 「湯屋番」半ばまで。続く中トリ、文治もお休みで、 出番を遅くした笑三が代わりを勤める。こんなに入 れ替わっちゃ、プログラムの意味がないぞ。  仲入に、気になることがあった。下手側のクーラ ーの前で、お席亭の三代目と、お茶子のおねーさん が、ああでもないこうでもないと首をひねっている のである。それも休憩の間ずーっとなの。まったく 用をなさなかったかと思うと、翌日はサッブーとい うぐらいきき過ぎる、ここんちのクーラーにはいつ も期待を裏切られるが、ついに寿命か・・。  取りあえず本日のクーラーは作動しているような ので、気を取りなおして後半戦である。  で、食いつきの金遊のネタ、定点観測始まって以 来のことなのだが、題名がわからない。与太郎が店 番をさせて、とうちゃんは二階で昼寝。次々やって くる借金とり相手に、「おとっつあんは出張です」 とメモを読み上げる与太郎だが、紙が風で飛んでし まい・・という、しょーもない話なのだが、はて。  京太ゆめ子の夫婦漫才をはさんで、歌春「桃太郎」 夢楽「よっぱらい」と落語が二つ。「落語家に過労 死はいない」「仕事は楽だが、生活は苦しい」と弱 音をはく、歌春の軟弱な芸風が妙に受けていた。  ひざがわりの北見マキは休演で、春風亭美由紀が ピンチヒッター。都々逸を二つ三つ、大津絵「両国」 のディズニーランドバージョンを聴かせた後、珍し く立ち上がって、かっぽれを披露。来月中席は、浅 草で夏の寄席名物「住吉踊り」が開かれる。美由紀 も熱心な踊り手の一人らしいから、高座でおさらい ということだろう。  かっぽれで陽気になった舞台に、本日のトリ、可 楽が登場した。芸協中堅の本格派だし、これまでの 軽いはなしが続いている。ここらで、きっちりとし た古典が聴きたいと思うのは当然だろう。ところが、 この日の可楽は、延々とスポーツネタの漫談を続け るだけでネタに入らない。「相撲風景」と題を付け るのは、他のスポーツに寄り道が過ぎる。いつ本題 に入るのかと思っていたら、そのまま時間がすぎて、 ハイおしまい。時計を確認したら、二十五分の高座 である。それまでの番組の流れ、昼席にしてはたっ ぷりの時間、演者は本格派。これだけの条件がそろ っていながら、どうして可楽はネタをやらなかった のか。入りの良い週末の昼席だから楽をした、とは 思いたくないが。  すっきりしないまま席をたつと、出口で三代目が 落語協会誌「ぞろぞろ」の最新号を配っていた。巻 頭特集は、当の三代目へのインタビューである。若 手の当用や独自番組構想など、寄席育ちらしい、ま っとうな提言に少し溜飲が下がった。寄席はやる気 である。そのやる気に、芸人たちがどう応えていく のか。何の力にもならないが、定点観測を通して、 見守っていきたい。 たすけ


表紙に戻る     目次に戻る