たすけの定点観測「新宿末広亭」

その九 番組 : 平成十一年七月上席・夜の部 日時 : 七月五日(月) 主任 : 三遊亭円輔 入り : 約三十人 リポート  週末に大雨で、梅雨空もちょっと疲れたか、 眠たそうな雲の隙間から、鈍い光がのぞく月曜日で ある。  思えば先週は忙しかった。だって、週中からなん と落語の四連投。水曜の末広亭六下楽日(トリの小 三治師は「小言幸兵衛」)に始まって、木曜は日本 橋亭「歌彦の挑戦」、翌金曜は立川流日暮里寄席、 仕上げに浅草「さの字の会」だもんねー。こんなこ とやってて、仕事に差し支えないのかと心配するよ り、「ばっかじゃねーの」とあきれる人のほうが多 そうだけど、まったくその通りなので、なんともい いようがありません。仕事が忙しいときほど、落語 に行きたくなる。仕事がせっつかれてる時ほど本が 読みたくなる。仕事が煮詰まってるときほどゲーム をしてくなる。じゃあ暇なときは何やってるかとい うと、締め切りに追われて、末広亭で定点観測をし ているのだった。  かくして今夜も新宿へ。上席も半ばでやっと夜の 部をみているようじゃ、今興行もやばやばな感じが するぞと、こみあげてくるイヤな予感を振り払うよ うに木戸をくぐった。  高座はとみると、おお久しぶり、鯉昇の「家見舞」 が始まったばかり。鷲尾いさ子をゴーヤでいためた ような美人の奥さん、げんきですか〜、などといっ てる場合ではない。集中集中。  この人の高座は、かつて「ヨゴレの愛橋」と呼ば れていたのが信じられないくらい、やわらかく、き め細か。みるからに本格派といった風情なのだが、 ときおりブッとんだギャグを放ってくれたりするの で気が抜けない。今夜はとんでもないくすぐりこそ なかったが、兄気分の家見舞を買わねばらないない のに、二人合わせて五十銭しかない若い衆と、道具 屋の主人の値切り交渉に鯉昇らしい工夫が出た。  「鶴の子分みたいなトリがかいてある屏風いくら」  「あれは鷺だよ。○十円」  「ううう。鷺をとるといくらんなる?」  「あれはとれない」  同じパターンで、やかん(「取っ手をとるといく ら?」)から、肥瓶へ。対象となる商品がどんどん チープになっていくのと反比例して、笑いの渦が大 きくなっていくのだ。  うれしいことに、好きな演者が続く。桃太郎は、 座布団に座るやいなや「曙がぁ・・・」(続きはあ えて書かない)。相変わらずの駄洒落オンパレード が一息ついたところで、傍らの湯飲みにに手が行く。 飲むのかと思ったら、じっと湯飲みを見つめてボソ ッとひとこと。  「せこい湯のみだね。普通は蓋とか敷物とかある のに、これだけ。これでおにぎり持ったら、田舎の 昼休みだよ」  たまんないね。  この日のネタは「結婚相談所」。花嫁探しにやって きた男があまりに馬鹿なことばかり いうので、  「あんたなんか台湾にでもいきなさい」  「台湾に花嫁を紹介してくれる人がいるんですか?」  「いるでしょ。蒋介石」  いやあ、ほんとにたまんない。  まねき猫の代演は、最近ちょっと気に入っている、 京太・ゆめ子。泥くささが持ち味になっていた東京 二・京太という漫才が、コンビ別れして、それぞれ が夫婦漫才になるという珍しい進化(?)系。落語 協会の京二・笑子よりも、芸協のコンビの方が印象 が強いのは、京太の栃木弁パワーのせいかな。  それはいいけど、続く中トリも代演だって。ちぇ っ、小柳枝をみたかったのにと斜に構えて聴いてい たら、ピンチヒッター栄馬の出来が良い。この人、 いっつも意欲満まんなのはいいが、まじめに取り組 みすぎるのか、聴いてて疲れてしまうことが多い。 それがこの夜は、適度に力が抜けて言い感じ。まあ、 「茄子娘」なんていう、ほのぼのネタでは力みよう もないだろうが。  お気に入りが次々でてくるので、仲入前をい書き こみすぎた。これが寄席なら、「流れが悪い」とい うことになるんだろうなー。さて、どんどんいくぞ。  食いつきは、蝠丸がさらりと「看板のピン」。高 音に不思議な色気のある扇鶴の都都逸をはさんで、 夢丸代演の小円右が「馬の田楽」。目立たないが、 この人の駄洒落連発のマクラは、桃太郎級のくだら なさである。一聴の価値はある、かな?  と、このとき、開け放った窓から、ざざーっと強 い雨音が。休み明けの梅雨空が、もぞもぞと動き出 したようだ。そういえば、今夜は傘がない。「君に 会いに行かなくちゃ」というほどの待ち人もいない たすけは腰を落ち着けるしかない。やむまで聴こう 芸協の席、てなもんである。  雨音に気を取られて、高座のことを忘れていた。 見上げると、柳昇が「七月八日に本が出ます。題名 は、あれ?なんだっけ」と、こっちも忘れものであ る。「寄席は毎日休みなし」。自著のタイトルぐら いおぼえといてね。  で、本題は「観光会議」(でいいのかな)。青森 と鹿児島の観光関係者がそれぞれのお国鉛で名所名 物を紹介し、最後に名古屋の人が出てきて「オワリ」。 今夜はこんなのばっかしである。  ひざがわりに登場のボンボンブラザース。鼻のア タマに紙を立てる、あの得意芸の時、気が向いたの か、今夜は紙をたてたまま、下手桟敷にあがり、さ らに客のバッグを取り上げるという荒技を披露、や んやの喝采である。  単純明快、理屈抜きに楽しい。そんな芸人が続い た今番組のトリは、一転、なんだか学校の先生を思 わせる円輔。口調もしぐさも江戸前なのだが、容貌 からか、生真面目な感じがしてしまう。女に弱い三 人組が花魁に煙にまかれる「三枚起請」。きっちり と三人を演じ分けて力量を示したが、羽目をはずし きれない分、印象が弱いのである。  帰りは、追いだしのたいこを背に、道灌を気取っ て小走りだ。地下鉄丸の内線の入り口にたどり着く までに、底の厚いサンダルが邪魔になるのか、歩み ののろい娘道灌を三人ほど追い越した。 たすけ


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