たすけの定点観測「新宿末広亭」

その八 番組 : 平成十一年六月下席・昼の部 日時 : 六月二十五日(金) 主任 : 春風亭一朝 入り : 約八十人 レポート  休みでもないのに、平日の午後に寄席通いである。 解放感と、一抹のやましさと、ちょっぴりの眠気。 気持ちいいのか、悪いのか、不思議な気分で木戸を くぐった。  高座は、こん平の漫談の真っ最中。歌丸の悪口を 言っているから、そろそろ終わりだろうと見当を付 け、しばしトイレで気持ちを落ち着けて・・と思っ たら、ここで大発見である。  末広亭のトイレは、入り口が男女兼用で、ドアを 開けて右側が男用、左が女性用になるのだが、間に 何の仕切りもないため、小便器が丸見えになる。こ れが嫌で、トイレを我慢する女性ファンが多いらし いのだが、今日トイレのドアを開けたら、  男女の境界線部分に、レースのカーテンが取り付 けてあるではないか!  ま、レースですから、それでも小便器がすけて見 えちゃうのではあるが、いままでほっぽらかしだっ た部分に、ほんのささいな工夫ではあるが、手が付 けられた。これを根拠に、末広亭の何かが変わった と断言するのは、早計だろうか。期待を込めて、今 後の改革を注視していこう(と、審議会か何かの報 告書みたいな文体になってしまった)。  トイレの考察に手間取って、次の小猫の高座に遅 刻してしまった。今日のネタはバードウォッチング。 山歩きをしながらという設定で、さまざまなトリの 鳴き声を聞かせてくれる。物まねのネタそのものは あまり変わらないのだが、毎回微妙に見せ方を変え るので、けっこう飽きずに見られるのだ。  中トリ(もう休憩か、もっと早く来なくちゃ)は 小満んの「宮戸川」。このネタは、若い人がやると、 お花半七が初々しく、ベテランが演じると、霊岸島 のおじさん夫婦に味が出る。中堅どころの小満んは、 軽くて、ほんのり色気のある芸風を生かして、老若 二組のカップルを洒脱に演じわけた。  仲入り後は、円鏡であの出番だ。「この人円鏡じ ゃないと言われる」とかなんとか、襲名の話題をち ょっとふってから、ちょいと季節外れの「時そば」 へ。この人、芸自体は軽くていいのだけれど、顔が コワい。ちょっと顔をしかめたりすると、縦皺眉間 の皺が気になってしまう。この日の「時そば」は、 しかめ面が功を奏して、二度目のまずいそばをたぐ る仕種が生きたが、こっけいばなしの時は、笑顔を たやさぬよう、気を付けた方がいいよ。  入れ替わりに、「台湾芸者の売れ残り」(と、自 分で言ってる)ゆきえ・はなこが登場。病欠が長か ったはなこさん、五月に復帰して以来初めて見るわ けだが、ネタの「オペラ蝶々夫人」ともども、前と 全然変わらないのがうれしい。さすがに、はなこさ んの顔はやつれた感じがするが、その分、相方のゆ きえさんの若さが際立つ。この人、これで還暦過ぎ てんだよなー。女体の神秘を体現する、レアな芸人 さんである。  金馬「親子酒」、志ん橋「無精床」と、短い落語 が二つ。スキンヘッドの志ん橋が、床屋物を得意に するのが何ともおかしい。 「今はヘヤーサロンな んていうけど、私には生々しすぎる」には、笑った 笑った。  小正楽が休みでがっかり。ひざがわりは、やっぱ、 この揺れるオジサンが一番なのに。そんじゃあ一眠 りと思ったら、代演の柳月三郎の大声で目が覚めた。 民謡で鍛えたのどは、居眠りを許しませんね。南部 と津軽、両方の「よされ節」を披露し、じょんがら の三味線のさわりをやって「はい、おしまい」と、 見事にトリにつないだ。  「いっちょうケンメイやります」と、おなじみの あいさつで笑わせた一朝は、これもおなじみの稲荷 町の師匠・彦六の正蔵のエピソードで、もう一押し である。  右足が痛くて病院通い。若い医者に「年のせいで すね」と言われ、「左足も同い年なんだが」。  前座にアーモンドチョコをもらい、うれしそうに 口に入れたが、アーモンドを吐き出し「タネが出て 来た」。  客席がほぐれたところで、一朝はのんびりした旅 のはなしに入っていく。「二人旅」か「三人旅」、 それとも、と考えていたネタはみんなはずれ。本日 のトリネタは、「祇園祭」であった。  「祇園祭」気がと言えば、短い江戸っ子と、のん びりしているが、どこか鼻持ちならない京都人の、 お国自慢が次第にエスカレートするはなしでしょ。 いなり祭り当日から始まるパターンが多いので、た すけが導入部分でわかんなかったのは無理もないの だよと、ちょっと言いわけモード。この日は、江戸 っ子連中の道中から入るという、ゆうゆうとした演 出で、粟田口から京都へ、京見物の後、ようやく祇 園祭の当日となる。  江戸と京都、どちらがいいかという自慢比べ、ク ライマックスは、おはやしだ。のんびり風雅な祇園 さんの囃子の後は、一転威勢のよい神田囃子。笛の 名手で、歌舞伎座で大成駒(うたえもん、市川じゃ ないよ)の伴奏をしたという一朝ならではの、躍動 感にあふれた口囃子が、末広亭の客席に活を入れる。 打ち出しの太鼓に送られて席を立つ背中が、心持ち ピンと伸びたような気がした。 たすけ


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