たすけの定点観測「新宿末広亭」

その七 番組 : 平成十一年六月下席・夜の部 日時 : 六月二十一日(月) 主任 : 柳家小三治 入り : 約七十人 レポート  東京の寄席の中で、もっとも濃密に、寄席の風情 を漂わせているのは、新宿末広亭だろう。桟敷桟敷 の畳の減り具合、二階席にたまった埃、懐かしい香 りの厠と、仔細に検分すればボロがでるが、正面玄 関だけは文句のつけようがない。中でたすけが一番 好きなのは、トリをとる噺家の名を大書した一枚看 板だ。上手側に夜トリ、下手に昼トリ。真打の披露 目の口上で「末は一枚看板に」と言われる、その実物 をしげしげ見ると、この大看板に書かれて位負けせ ぬ噺家が今現在何人いるのだろうか。  談志、円楽が出られない(家元は「出てやらない んだ」というだろうが)し、目白の人間国宝は、も う無理だろう。と考えると、大看板にぴたりとはま るのは、志ん朝、小三治のご両所か。はたと首をひ ねって思案するたすけだが、モギリのねえさんの不 審そうな視線が気になるので、そうそうに中に入っ た。  今夜のトリは、大看板が似合う男、小三治である。 忙しい人なので、あんまり寄席に出ない印象がある が、それでも去年はけっこうトリをとった。  九月上席の鈴本で「お化け長屋」、「粗忽の釘」、 「馬の田楽」、「あくび指南」、池袋の九月中席で は、「一眼国」、「宿屋の富」、「大工調べ」、 「芝浜」、そして末広亭は十二月上席。「厩火事」 と「芝浜」を聴いている。小三治のトリを追いかけ る一番の理由は、あの有名な長――――いマクラと、 その日のネタのバランスがどのくらいなのか。想像 しながら聴くのが楽しいからだ。ああ今日はもう三 十分もマクラをふってるからネタは軽いやつかな、 おお今夜はいきなり「おまえさん、起きとくれよ」と 「芝浜」にはいっちゃったぜ、なんてね。ネタだしを しない寄席ならではの、どきどき感が味わえるので ある。  さて、今夜の高座はとみると、はじめてみる漫才 の笑組(えぐみ)がけっこう笑いをとっている。ま っ当といえばまっ当な、古臭いといえば古臭い、し ゃべくり漫才なのだが、末広亭の舞台では「若いな」 と感じる。ここの空気が古いのかな。換気、気をつ けましょうね。  続いて志ん輔が、おそらく得意ネタであろう「た がや」で中トリ(たすけは今日も大遅刻なのだった) を勤める。いなせな芸風、独特のうたい調子で、志 ん輔にはぴたりのはなしだが、惜しむらくは、仕草 が弱い。「横に払った一文字」というクライマックス の殺陣の描写が、扇子をちょいと横にするだけ。こ こんとこ、かつてクサさが影を潜めているが、こう いうとこはクサくやってもいいような気がするぞ。  仲入をはさんで、〆治「看板のピン」、世津子のマ ジック。この後の出番がすごい。円窓、さん喬、太 神楽が入って、トリの小三治。本格派というか、「 長くやりたがり」が三人並ぶのが面白いじゃないの。  まず「円窓」は本膳だが、あいかわらずマクラが長 い。世相を皮肉るといったないようだがいちいち教 訓じみた落ちをつけるのが、いかにもこの人らしい。  続いてさん喬「短命」。隠居と職人のやり取りだ けで進む前半が、丁寧である。伊勢屋の夫婦の仲の よさを、春夏秋冬の座敷で説明した隠居が、「な、 短命だろ」と唇の形だけで言う下りは、実に良い調 子である。こんなことしてるから長くなるのだけれ ど。  仙之助仙三郎の花笠の取り分けで一眠り(ごめん よ〜)。いよいよ、お待ちかねの登場だ。  さてさて今夜は、マクラが長いか、話が長いか。  「お忙しいところ、こんなに来ていただいて。お 茶のひとつも出さなければいけないのですが、そん な準備もないので、ま、私だけ飲むんですが」と、 茶碗の湯をひとすすり。最近、この入り方が多いね。  「昔は山登りといえば、山岳信仰だったんですな」 と続けて、すっと「大山まいり」に入った。噺たっ ぷりのパターンである。お山に出発する前の決め事、 神奈川宿でのケンカ、熊公の剃髪、長屋の女房の髪 を下ろすクライマックスと、すべての見せ場を過不 足なく描写して四十数分。どうだ、文句ないだろう とでも言ってるような、堂々たる「大山まいり」だ った。  江戸の夏を堪能して外に出ると、相変わらず梅雨 時の、湿気交じりのぬるい風。ほんとの夏が来る前 に、何回小三治を聴けるだろうかと、大看板を見上 げて指をおった。 たすけ


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