たすけの定点観測「新宿末広亭」

その六 番組 : 平成十一年六月中席・昼の部 日時 : 六月十七日(木) 主任 : 江戸家猫八 入り : 約三十人 レポート  クソ忙しかったり、ちょいとせわしなくて疲れ気味 かなと思う時ほど、むしょうに遊びたくなるものだ。 よっしゃ、ここは一番がんばりましょうと、なんとか 仕事をやっつけて、劇場の客席に座ったとたん、ああ あ睡魔が・・。  たすけの場合、こういうことって、非常にありがち だ。ついさっきまで冷や汗かきながらワープロ打って ました、なんて綱渡りの寄席通いがほとんどなので、 なんとか滑り込みで座席に着くと、肩の力が一気に抜 けてしまうのである。  週の半ばを過ぎて、そろそろ疲れがたまってきたか なという木曜日の昼下がり。都内某所で入手した「平日 のみ千百円」のチケットを出して木戸をくぐると、キャ ンデーブラザースが傘の上で何かをくるくる回していた。 バリバリの現役なのに、なぜか懐かしさにあふれた芸。 このけだるい雰囲気がいいんだよなあ・・、いかんいか ん、これじゃ居眠りモードにはいっちまうじゃないか。  気を引き締めて、円遊「羽織の遊び」、可楽「手紙無 筆」と落語二本をしっかり聴く。  銀座のキャバレーの営業に出かけた若き日の文治、仕 事先の名前を忘れて事務所に電話を入れると、「師匠、 すいません。その仕事、キャンセルです」という返事。 「ああ、そうかい」を受話器を置いた文治は、そのまま 「キャンセル」という名のキャバレーを探して、銀座中を 歩き回ったーー。  そんなエピソードに笑っているうちに、目がさえてき た。お次は、コントD51のコント。警官と泥棒という 古色蒼然とした設定ながら、どこか素人っぽい動きが新 鮮である。きけば、この兄弟コンビの実家は農業で、田 植えや稲刈り時期には香川県に戻って農作業を手伝うの だという。人呼んで「半農半芸」コンビ。その割に、ド サのにおいは薄い。  この調子なら大丈夫と、気を抜いたのが悪かった。続 く中トリの円右の高座、オヤ釈台を使ってるぞ、足が悪 いのかなあと思ったまでは覚えているが、後の記憶が飛 んでいる。ううむ、この日のネタはいったいなんだった んだろうか。  で、仲入だが、どういうわけか、休憩中に眠くなるこ とはないんだよね。  うそのように目がぱっちりなので、下手側の後方の壁 にかかっている「開場十周年記念」の落語、芸術両協会の 番付のようなものを眺めながら、目の休養をすることに した。協会側は、右から順に文楽、円生、柳枝、小さん、 逆からたどると、志ん生、正蔵と大物が並ぶ。方や、芸 協は、柳橋、今輔、桃太郎に、小文治、三木助。パネル の日付は「昭和三十一年三月吉日」、何度目かの寄席黄 金時代である。  後半トップは円雀の「紙入れ」。よく通るやわらかな 声なのに、いまいち色気がないのはどういうわけか。マ ジックの小天華は、あっさりした芸風。次の出番の枝助 が、「今もきれいだけど、昔はさぞや」といってたが、 そんなものか。枝助は色気とは無縁なタイプだが、明る く、やや上滑りな調子が、この日のネタ「子ほめ」にぴ ったりだった。  安定感のある遊三の「親子酒」の後は、ひざ代わりの まねき猫。  「同業に父親と兄がいるんですから、私は演芸界の松 たか子」と、しゃあしゃあと言ってのける、くったくの なさが持ち味か。  いよいよ、本日のトリ、猫八の登場である。ひざが物 真似で、猫八の本職も物まね。トリが色物だと、こうい うネタのつき方もあるのかと感心していたら、高座は、 いわゆる自叙伝風の漫談「猫八ばなし」。物まねなどは、 やらなかったらしい。語尾が「らしい」となっているの は、ははは、大方の予想通り。またまた意識がぶっ飛ん でしまったのだ。ああああ、この日は、中トリと大トリ、 両方とも客席で船徳もどき、額に汗をかきながら船をこ いでいたのであった。  談志ひとり会のCD、第何集だったか忘れたが、講談 「三方ヶ原戦記」のマクラで、「末広亭の舞台の裏側で ごろりと横になってね、志ん生だの円生だのを聴きなが らウトウトするのがいい気持ちで」なんて言っていた。 これは、松竹梅の松のさらに上、極上の居眠り。いちど やってみたいと夢見ているのだが。 たすけ


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