定点観測・新宿末広亭

<5月下席・昼の部> 日時  :  平成11年5月22日(土) 主任  :  古今亭寿輔 客数  :  イス席はほぼ満員    定点観測のスタートは、よく晴れた土曜の午後だ った。  いつものように木戸でパンフをもらい、入り口を くぐってみて驚いた。大入りなのである。週末の午 後とはいえ、遊び所の多い新宿である。「お客さん、 どっか行くとこないんですかぁ」というのは、昔馬 風(先代の怖い顔の人、今のも怖いけど)、今三木 助(これは当代)のくすぐりだが、それにしても、 幹部クラスも出なきゃ、人気者も少ない、地味な番 組によくまあこれだけ入ったものだ。マニアという より、ビギナーが多いようだが、寄席ファンとして はうれしい限りである。    下手側イス席の後方に座って、プログラムに目を 通す。冊子のたぐいをもらうと、すぐ読んでしまう 習性で、ひどい時は、芸人さん二人分、ずーっとパ ンフレットを読んでいる。本当に悪い癖だよなあ、 われながら。  高座はマジックが始まったばかり、「美江子師匠、 ごめんね」と誤りつつ、パンフを開くと、この三月 末に亡くなった、本席のおかみさん、杉田恭子さん の顔写真がのっていた。普段はテケツにすわり、中 入りには、カゴの中に寄席グッズをいっぱい入れて、 客席を回っていた。「落語協会のカレンダーに、寄 席の扇子。これは別冊太陽の落語特集で・・」なん て、のんびりした口上を聞くうち、ついふらふらと いらぬ買い物をしてしまったのが昨日の事のようだ。  おかみさんの思い出にひたっているうちにマジッ クがおわり、すっかり髪が白くなった円枝がおなじ みの「吉田茂ジョーク」、可楽の代演、左遊がずり 落ちる眼鏡を上げ上げ「釜泥」を。やや静かになっ た客席に、まねき猫が活を入れる。物まねの本数を 押さえ、長めのトーク。それでも客席をそらさない。 腕を上げたのはいいが、「発情期の猫」で終わる構 成は、うら若き(?)女性としては、いかがなもの か。   中トリは、目下絶好調の文治。五月上席から始 まった愛弟子、平治の真打ち昇進披露の喜びが、弾 む高座となって現れているのか。十八番の「かわり 目」を実に楽しそうに演じ、この日一番の高座であ った。  さらに客が増えた中入り後、食いつきは右紋の漫 談風新作「懐かしのばばあんち」。「どの町内にも、 二軒ぐらい駄菓子屋があってね、たいていババアが やってんの。三時にババアんちね、なんて待ち、ま ずくじを引いて、そのあと果物のアメを」と、良く 通る太い声でつづられる駄菓子屋風景が、自分の体 験とピタリ重なる。週末の土曜の昼下がりの、けだ るい気分に、妙にノスタルジックな内容が良く合う。  続いて登場は、漫才のWモアモア。「へ理屈をい うな」「理屈が屁をするのか」というやりとりに、 師匠のWけんじを思い出した。昨年の夏ごろだった か、国立演芸場に登場、「久々にこいつ(東けん じ)が復帰してね、これから頑張るんだ」と語る宮 城けんじの顔が忘れられない。結局、東はそれから 一年ももたなかったのである。  柳橋の「権助魚」、米丸代演の南八の漫談、ボン ボンブラザース代演の扇鶴と、やや低調な高座が続 いたあとに、本日の主任、寿輔の登場。 派手派手な黄色の衣装に、前方の客席がどよめいて いるのがわかる。  ここで告白しなければならない。実は、たすけが 寿輔の落語を聴くのは、今日が始めてなのだ。落語 ファンだ、寄席通いだ、などといいながら、寄席の 名物男を聴いたことがないでは、みっともなくて伊 勢丹近辺を歩けやしないのだが、どういうわけかこ の人には縁がないのだ。何度が、寿輔目当てに本席 に出向いたのだが、いっつも代演。艱難辛苦いかば かり、ようやく今日、寿輔の落語と対面したわけで ある。  本日の演題は、東京落語では珍しい「地獄巡り」。 寿輔がやるとは聞いていたが、初回から巡りあえる とは思わなかった。  地獄をさまよう亡者の群れをコミカルに描く空想 科学(?)落語だけに、どう演じるかは噺家の自由。 上方系ではかなりとんがった演出もあると聞くが、 寿輔のは「歌舞伎座では初代から十数代までの団十 郎がそろい踏みをしている」といったオーソドック スなもの。下げは、文楽、志ん生、円生ら名人上手 が出演する寄席に、あの○間○宝の名前が・・。 「この人はまだ生きてるよ」「よくみねえ、わきに 近日来演としてある」というもの。ちょっぴり怪し げな寿輔の容貌によく合った大ぼら落語。ビギナー の多そうな客席はウケにウケていた。  「面白かったねー」「やっぱ文治さんよねー」  寄席関係者でもないのに、こういう声はうれしい ものだ。帰りがけ、出口の上を見ると、賞状が何枚 か掲げられている。真ん中のを読んでみると、  「あなたは長年、寄席のおかみさんとして多大な 功績がーー」  大成駒、歌右衛門が会長をやってたころの日芸連 が、故杉田恭子席亭に送った感謝状。何度も通って いるのに、気がつかなかった。それが、定点観測の 初日に目に入るとは何の縁か。  「おかみさん、これから一年、通うからね」  賞状に手を合わせて、新宿の町へ出た。 たすけ


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