○金になる糞尿

　世界一の人口を誇った江戸の排泄物も世界一であっただろう。下
水道が完備されていない江戸では汲み取りで糞尿を処理しなければ
ならなかった。しかし、捨てる神あれば拾う神あり、当時の百姓の
間では、食べ物に贅沢な江戸っ子の排泄物は品質が良いと高値で取
引されていたのだ。現金収入を野菜に頼る江戸近郊の農家は、大名
屋敷や長屋の管理者と契約し、作物、沢庵等を対価として汲み取り
の権利を確保していた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　江戸城内も勿論排泄物は溜まる、この汲み取りの権利は葛西の百
姓がもっていた。汲み取りに限り葛西の百姓は城内すべてフリーパ
ス、将軍以外の男性立ち入り禁止地区、大奥まで堂々と入り込み汲
み取りを行えたのである。江戸城で汲み取った糞尿は堀を使い船で
葛西まで運搬した。堂々と堀を船での往来、これも葛西の百姓だけ
の特権で、糞尿を運ぶ船を葛西舟と呼称する由来でもある。　　　
　幕末期には汲み取り専門業者も現れ、糞尿の価格が高騰し、それ
が野菜の値段にはね返ってくる。ついには町奉行に庶民からの嘆願
書が出され、下肥の価格は幕府管理となり、適正な価格を維持した
のであった。