○江戸の町割り

 江戸の土地の所有権はすべて将軍家にあったので、城下町として
の江戸は幕府の都合が最優先され、すべて将軍家のお城を中心に考
えられている。                       
 城の周囲には大名や旗本・御家人の屋敷が並ぶが、大名屋敷は皆
数千〜数万坪、しかも藩主が居住する上屋敷、隠居後や嗣子が住む
中屋敷、郊外の別荘にあたる下屋敷と三つの屋敷を構えるのが通例
であった。ゆえに、江戸の面積の大半が大名屋敷だったのである。
 「八万騎」と称される旗本・御家人もそれぞれ屋敷を持ち、一千
以上もの社寺がそれぞれ同じく数千〜数万坪の境内を持ち、わずか
に残された土地が町人の居住地区なのであった。        
 大江戸紹介の項でも述べた様に、「江戸八百八町」は江戸中期か
らはそれ以上の数の町が存在していたのだが、占有面積からいえば
江戸の六十パーセントが武家地、二十パーセントが社寺地、残りの
二十パーセントが町屋となり、華やかな繁栄で知られる江戸「八百
八町」は、実は非常に狭い範囲であった事がうかがえられる。