うんちく・黄表紙【1】
【1】黄表紙の誕生                             

 黄表紙は、文学史上の位置づけとしては、「子供向け絵本の流れと遊里文学の流れ
の合流点に位置する大衆文芸」ということになりますが、もう少々細かくみてみます
  と、(図1)として掲げた、お話の本の進化の系統図のようになります。       
 まず、時代はずいーっと遡って平安末期。大体そのくらいから始まって、鎌倉〜南
北朝時代(12〜14世紀)には、説話つまりお話を集めた本の形態、説話物語(『
今昔物語集』や『宇治拾遺物語』など)というのがありまして、一方、同じくらいの
時期に擬古物語(『源氏物語』や『狭衣物語』などの平安時代のものを真似して作っ
た物語群。『松浦宮物語』など)がありました。                
 それが室町時代になりますと、そうしたものの影響を受けて、御伽草子という、絵
がかなり入った短編集が生まれます。一寸法師とか、浦島太郎とか、鉢かづきなどと
いう皆様御存じのお話です。                         
 これがさらに、江戸の初期くらいになりますと、仮名草子という、仮名書きの短編
小説に受け継がれ、2つの系統にわかれてゆきます。ここから系統図では、この2つ
の流れ、端的に言えば、上の方が基本的に大人向けの、どちらかといえば文字、特に
漢字の多い読み物の系統、下の方が、絵が多くて漢字の少ない系統ということになり
ます。あとでもう一度触れますが、下の方は、初めは子ども向けで、後に大人の読者
にも対応してゆくようになります。                      
 さて、上の方からみてみますと、元禄時代の浮世草子、これは井原西鶴が有名です
ね。そこからさらに、江戸中期になりますと、西鶴なんかが関西中心に活動していた
のと違って、文化は江戸中心に移って、3つの系統にわかれてゆきます。ただ、真ん
中の談義本、滑稽本への流れは、とりあえず措いておき、上下2つの流れに注目して
下さい。                                  
 ひとつは伝奇小説風の読本、一方で、洒落本という遊里文学の流れが出てきます。
このふたつの流れの違いは、読本が硬派系、洒落本が軟派系といったところでしょう
か。洒落本は、黄表紙と関連がありますから、ここで触れておきましょう。これはど
ういうものかというと、要するに、吉原や深川といった遊里・遊郭、つまり、お金を
払えばきれいなおねえさんがお酒のお相手をしてくれたり、一緒にお布団に入ってく
れたりする、今でいうフーゾク関係のスポットでの、お客の男性とお相手の女性との
会話を中心に綴った、軽い読み物が洒落本です。ちなみに、パターンとしては、うぶ
な若旦那が、知ったか振りの半可通に連れられてフーゾクのお店に行く。ところが、
「俺にまかせとけ」なんて偉そうなことを言っていた半可通の方がおねえさんにフラ
レて、若旦那の方がモテちゃった、という内容が多いです。こういってしまうと元も
こもない話ですが。さらに、そうした描写の中に、流行のファッションやスポット紹
介のような要素も入ってきて、違う角度からみれば、恋愛マニュアル本としても読め
るようなシロモノです。すでに古くなってしまったんですが、田中康夫の『なんとな
くクリスタル』あたりが、イメージ的にとても近いでしょうか。なお、洒落本は人情
本(市民の恋愛生活描写)や滑稽本(江戸市民の馬鹿話)に別れてゆきますが、これ
もここでは省略し、先に進みます。                      
 次に見ていただきたいのは、仮名草子まで戻って、先に2つに別れたところ、どち
らかといえば文字よりも絵が中心となってゆく方の流れです。「草双紙」とあります
が、これは、その先の赤本・黒本・青本・黄表紙・合巻の総称です。赤本以下は、時
代を追って内容的に発展し、ボリュームも増えてゆくにつれ、呼び方が変わっていっ
た、という、その呼び方の変遷を表しています。                
 赤本は、稚拙で絵が大きくて、字が少ない。半紙を半分に切ったものを折って袋と
じにする。大体文庫本くらいか若干大きめくらいの大きさの本です。この半分切り半
紙を折ったもの1枚を「1丁」といいますが、赤本は5丁、つまり10頁で1冊、た
いてい1冊で完結です。赤い表紙がついている。だから赤本です。桃太郎とか、さる
かに合戦といった、純粋に子ども向けのお話を主とします。            
 これが進化というか変化したのが、黒本とか青本などといわれるもので、御想像の
通り、表紙が黒かったり青かったりするので黒本・青本といいます。もっとも、青本
の「青」は、草色のような色ですが。信号の緑を青といったり、緑の葉っぱを青葉と
いうのと同じです。内容はどちらも、活劇風少年漫画というか、お芝居とか歴史物と
か伝奇物が多い。赤本が例えば、『アンパンマン』だとすると、黒本・青本は『北斗
の拳』か『ドラゴンボール』か、ちょっと違うような気もしますが、そのくらいのイ
メージの差はあります。                           
 さて、黒本・青本がさらに進化して、やっと黄表紙の登場です。表紙が黄色いので
黄表紙、黄色本や黄本ですとちょっと語呂が悪かったためでしょうか、黄表紙と呼ば
れます。これが赤本や黒本といった前代のものと画期的に違うのは、絵は多いものの
大人向けの読み物になった、というところです。これは、系統図にもあるように、洒
落本の影響があったためです。それがどんなものかはおいおいみてゆきます。
 ここでは、赤本から黒本、黄表紙の図版をくらべてみて下さい。特に絵の感じがだ
いぶ違いますね。赤本は可愛いは可愛いのですけど、なんだか幼稚な感じで線がぎこ
ちないです(図2)。黒本は無骨で古くさいです(図3)。黄表紙はこじゃれた感じ
というか、洗練されてあか抜けていて線がきれいです(図4)。文字数も確実に増え
ています。                                 
 以上のようにして、黄表紙は誕生しました。では、本題の黄表紙自体の話に入って
ゆきましょう。                               
    


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