古写真に見る戦後の浅草庶民風俗
 昭和三十一年(1956)、戦後もはや10年が経った浅草の賑わいを、とっても
高価だった写真フイルムおよそ30本分に、みんな貧しくてもたくましく生きている
連中を記録した人間が居た。当時の誰もが写真を写すことを考えるのは、子供のお祝
い事と結婚式くらいだったであろう。その証拠に古くから浅草に住む友人のアルバム
にも物語っている。ましてや、屋台の食べ物やそれを美味しそうに食べている連中の
姿を誰が残そうと考えるであろう。
 今回、発見され約200枚の古写真、何処の誰かは判らないが「おまいりまち」の
食堂で長い間預かっていたものである。これら一連の写真は、奥山に出店している屋
台を中心にしたもの、六区の興行街と瓢箪池周辺を写したもの、そして浅草寺本堂の
棟上げ式の光景の四部構成にまとめてみた。
                  
 第一部 屋台あれこれ  当時の屋台風景と値段が判ります。
 第二部 奥山とその周辺 昭和三十一年夏頃 はたして第二部と同じ時期か
 第三部 六区と瓢箪池  昭和三十一年九月頃 封切映画館の看板より推測
 第四部 浅草寺棟上式  昭和三十一年棟上式 三十三年完成
 資料編 昭和31年当時の絵葉書 現代の奥山から六区にかけて」
現在コメント制作中です。とりあえず写真だけでもご覧ください。
資料提供 五重塔通り商店連合会
明治19年区画割図
昭和19年浅草公園
昭和31年繁華街図
工事中