浅草台東歳時記 1月1日 〜7日

浅草七福神     浅草七福神マップ

江戸時代から親しまれている向島七福神にならって、昭和11年に 創設された七福神である。浅草寺の周りを回る下町情緒あふれるコースは徒歩で 2時間ほどで廻れる。途中の名所旧跡などを訪れるのも楽しみである。 

隅田川七福神    隅田川七福神マップ

隅田川東側に走る墨堤通り沿いに点在する。浅草から吾妻橋を渡 って土手沿いの三囲神社を起点に北上しながら2時間ほどで訪ねることができ、 桜の季節は江戸庶民も七福神巡りを楽しんだすばらしい所だ。この七福神は、御 分体と呼ばれる七福神の人形が角札所で三百円で売っているので集めてみよう。

浅草七福神            隅田川七福神
大黒天 浅草寺  浅草2-3-1 三囲神社 墨田区向島2−5−17
恵比寿 浅草神社  浅草2-3-1 三囲神社 墨田区向島2−5−17
毘沙門天 待乳山聖天  浅草7-4-1 多聞寺 墨田区墨田5−31−13
福禄寿 今戸神社 今戸1-5-22 向島百花園 墨田区東向島3−18−3
矢先神社  松が谷2-14-1
布袋尊 橋場不動院  橋場2-14-19 弘福寺 墨田区向島5−3−2
寿老人 石浜神社  南千住3-38 白髭神社 墨田区東向島3−5−2
鷲神社  千束3-18-7
辨財天 吉原神社 千束3-20-2 長命寺 墨田区向島5−4−5
 福徳の神として信仰される七神の組合せ。大黒天、恵比須(エビス)(夷、蛭子)、毘沙門天(ビシヤモンテン)、弁才天(ベンザイテン)(弁天)、布袋(ホテイ)、福禄寿(フクロクジユ)、寿老人(ジユロウジン)をいうが、寿老人は、福禄寿と同体異名として除き、吉祥天(キツシヨウテン)を加えることもある。大黒天はインドの神(摩訶迦羅(マカカラ))で大自在天の化身(眷属(ケンゾク)ともいう)、毘沙門天は四天王の一で北方守護の神、ともに仏法の守護神で福財招福の神ともされた。弁才天も同じくインドの天部の神で音曲、知恵、福財をつかさどる。恵比須神は海の幸をもたらす「寄神(ヨリガミ)」で海辺の民間信仰に根ざすものらしいが、「大黒=大国」の相通(ソウツウ)からか大黒天が大国主命(オオクニヌシノミコト)に習合されると、事代主(コトシロヌシ)命に比当されるようになった。ともに平安期以来個別に福神として信仰を集めてきた神々である。しかし布袋(後梁(コウリヨウ)の禅僧契此(カイシ))、福禄寿、寿老人は中国の福徳神で、禅宗渡来後水墨画の好画題として移入されたものらしく、福神信仰としては独自に定着しなかった。これら雑多な福徳の神を「七」の聖数にあてて組み合わせたのが七福神だが、すでに室町初期にはできあがっていて、1420年(応永27)に七福神の風流行列が京都で行われたり、文明(ブンメイ)年間(1469〜87)には七福神を装った盗賊が出没し、これを福神の来訪としてむしろ歓待したという記録などが残っている。ともかく中世商人社会で福徳施与の神として流行的に信仰され、近世以後にも及んだ。七福神は瑞祥(ズイシヨウ)の象徴として絵画・彫刻の好題材となり、またその影像を家に飾って拝礼し、あるいは七福神詣(モウ)でや初夢の宝船などの信仰習俗を広く生じ、一方、七福神舞などの芸能もできて現在まで伝わっている。

戻る