浅草年表江戸時代前期

西暦 和暦 将軍
 
1603 慶長8年 初代
家康
家康江戸に幕府を開く。以後、江戸市街経済が活発に行われ、浅草の市街化も漸次進むことになる  
1604 慶長9年
1605 慶長10年
二代
秀忠
 
1606 慶長11年
 
1607 慶長12年
 
1608 慶長13年
 
1609 慶長14年
 
1610 慶長15年
 
1611 慶長16年
 
1612 慶長17年
 
1613 慶長18年
 
1614 慶長19年
 
1615 天和元年
(7/13)
 
1616 天和2年
駿河台を堀割、現在の神田川流路を造る。徳川家康持仏の聖観音像を浅草寺に納める。 
1617 天和3年
 
1618 天和4年
4月2日、秀忠、浅草寺境内に東照宮勧請。家康公娘婿の浅野但馬守長晟「石橋」を寄進する。この時、随身門(現二天門)も成る。 
1619 天和5年
 
1620 天和6年
鳥越の丘を崩した土で、現蔵前付近の隅田河岸を埋立、幕府米倉を建てる。 
浅草聖天町から三ノ輪にかけて日本堤が築かれる。
1621 天和7年
 
1622 天和8年
 
1623 天和9年 三代
家光
 
1624 寛永元年
(2/30)
 
1625 寛永2年
11月、東叡山寛永寺が建設され、本坊が竣工する。 
1626 寛永3年
上野東照権現を祀る。(現 上野東照宮) 
1627 寛永4年
 
1628 寛永5年
 
1629 寛永6年
 
1630 寛永7年
 
1631 寛永8年
4月2日、浅草寺炎上。 
1632 寛永9年
 
1633 寛永10年
 
1634 寛永11年
 
1635 寛永12年
2月、浅草寺本堂再建。この頃小堀遠州により伝法院の作庭がされる。 
1636 寛永13年
2月22日、家光公浅草寺に参拝し護持の聖観音像を納む。 
5月、浅草蔵奉行が設けられる。
6月、浅草にも銭座を設置、寛永通 宝を鋳造する。
江戸城三十六門のひとつ、浅草見附御門建設される。
この頃から寛永寺で桜の花見が行われる。
1637 寛永14年
3月、寛永寺で大蔵経が印刷され、慶安元年(1648)に完成する。 
1638 寛永15年
寛永年中、不忍池に中島が築かれ弁天堂が建立される。 
1639 寛永16年
 
1640 寛永17年
 
1641 寛永18年
 
1642 寛永19年

2月19日、門前町屋より失火により浅草寺、浅草寺東照宮燃失。東照宮の権現像は、以後浅草神社に合祀。
弓師備後、現松が谷2丁目付近に三十三間堂建立。 (元禄12年(1699)深川へ移転。)

1643 寛永20年
 
1644 正保元年
(12/16)
この頃幕医板坂ト斎浅草寺領内砂利場に日本最初の公共図書館「浅草文庫」を設ける。 
1645 正保2年
 
1646 正保3年
 
1647 正保4年
 
1648 慶安元年
(2/15)
12月13日、浅草寺五重塔再建成る。 
1649 慶安2年
12月21日、浅草寺本堂・仁王門再建成る。
現在の浅草神社社殿も、この年造営される。  
1650 慶安3年
 
1651 慶安4年 四代
家綱
 
1652 承応元年
(9/18)
 
1653 承応2年
 
1654 承応3年
3月、浅草寺始めて開帳を執行する。江戸で最初の寺院開帳。 
1655 明暦元年
(4/13)
 
1656 明暦2年
10月、浅草鳥越に銀座の新設を許可。寛永通 宝を鋳造する。 
1657 明暦3年
江戸大火(振袖火事)。元吉原焼失後浅草日本堤に移され、新吉原誕生。大火後、江戸中心部からの寺院移転多く、浅草の寺町化が進む。また、多数の町が起立し、町人の町としての発達傾向が顕著になる。 
1658 万治元年
(7/23)
5月、浅草三十三間堂前の芝地に東本願寺が移転する。 
1659 万治2年
社寺奉行支配の浅草寺門前町が町奉行支配となる。
この頃、浅草寺”歳の市”始まる。
(寛文4年創始の説もあるが、不明)  
1660 万治3年
 
1661 寛文元年
(4/24)
 
1662 寛文2年

9月、上州沼田城主滋野伊賀守信澄「浅草寺縁起」絵巻七巻を狩野氏信に描かせて浅草寺に奉納。 

1663 寛文3年
 
1664 寛文4年
 
1665 寛文5年
 
1666 寛文6年
寛永寺に時の鐘が設置される。 
1667 寛文7年
 
1668 寛文8年
 
1669 寛文9年
 
1670 寛文10年
10月、不忍弁財天脇の小堂に僧了翁が書籍を収納する。(天和2年(1682)に寛永寺の学寮に移し経堂を建てる。) 
1671 寛文11年
 
1672 寛文12年
5月13日、浅草寺、霊元天皇より勅願所の輪旨を賜る。 
1673 延宝元年
(9/21)
 
1674 延宝2年
 
1675 延宝3年
 
1676 延宝4年
12月、移転後の新吉原最初の大火。 
1677 延宝5年
 
1678 延宝6年
 
1679 延宝7年
 
1680 延宝8年
 
1681 天和元年
(9/29)
五代
綱吉
 
1682 天和2年
駒込大円寺から出火し、浅草御蔵、浅草見附門焼失。
この頃、浅草広小路付近に、奈良茶飯屋出現。  
1683 天和3年
 
1684 貞享元年
(2/21)
 
1685 貞享2年
 
1686 貞享3年
 
1687 貞享4年
 
1688 元禄元年
(9/30)
 
1689 元禄2年
 
1690 元禄3年
 
1691 元禄4年
4月、法華宗悲田派を禁止。谷中感応寺が天台宗に改宗。 
1692 元禄5年
9月18日、より浅草寺30日間本堂大修復成り。落成開帳を営む。 
1693 元禄6年
 
1694 元禄7年
 
1695 元禄8年
 
1696 元禄9年
 
1697 元禄10年
五条天神が上野山内から上野山の南麓に移転する。 
1698 元禄11年
新橋南鍋町から出火の火事(勅額火事)で、浅草の一部類焼し、三十三間堂焼失。
9月、寛永寺根本中堂が建立され三日後に焼失。
柳橋創設、当初は”川口出口の橋”と称す。  
1699 元禄12年
 
1700 元禄13年
 
1701 元禄14年
 
1702 元禄15年
 
1703 元禄16年
 
1704 宝永元年
(3/13)
 
1705 宝永2年
 
1706 宝永3年
 
1707 宝永4年
 
1708 宝永5年
 
1709 宝永6年 六代
家宣
 
1710 宝永7年
 
1711 正徳元年
(4/25)
 
1712 正徳2年
1月12日、より18日に至る浅草寺にて、昼夜不断の温座秘法陀羅尼えお初めて修し。以後恒例となる。
1713 正徳3年 七代
家継
浅草北部今戸村・山谷村のうち、奥州街道沿の地、江戸市街に編入される。 
1714 正徳4年
 
1715 正徳5年
 
1716 享保元年
(6/22)
八代
吉宗
 
1717 享保2年
 
1718 享保3年
浅草境内老舗の餅屋に、伝法院僧正、浅草餅の名を与える。 
1719 享保4年
 
1720 享保5年
 
1721 享保6年
9月17日、浅草寺本堂大修復成り、本尊遷座供養あり。 
1722 享保7年
 
1723 享保8年
 
1724 享保9年
7月、浅草蔵前の札差が109名に定められる。 
1725 享保10年
 
1726 享保11年
2月、浅草今戸町の風呂師源次郎が土風呂焼きはじめる。 
1727 享保12年
 
1728 享保13年
新吉原で、玉菊灯籠をつるすこと始まる。
1729 享保14年
 
1730 享保15年
 
1731 享保16年
 
1732 享保17年
5月、隅田川で水神祭が催される。江戸花火発達のきっかけとなる。
この頃、新吉原の俄始まる。 
1733 享保18年
浅草寺奥山に桜が植えられ千本桜と称される。 
1734 享保19年
 
1735 享保20年
谷中感応寺の富突が公認される。 
1736 元文元年
(4/28)
 
1737 元文2年
 
1738 元文3年
 
1739 元文4年
 
1740 元文5年
 
1741 寛保元年
(2/27)
新吉原仲之町に桜を植える。 
1742 寛保2年
 
1743 寛保3年
 
1744 延享元年
(2/21)
 

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