平成16年(2004)3月27日 土曜日
- 3X9=27 -

 さくら咲くで、3X9=27 今日はさくらの日だそうですよ。何か取って付
けたような記念日ですが、桜の日にふさわしく良いお天気になりました。我が家
から真っ白い富士山が輝いています。今週は雨ばっかり続いて、こんな爽やかな
天気の中の散歩は久しぶりです。
 さくらの日の浅草神社境内の桜はまだ6〜7分咲き、開花が18日だったので
、本来ならすでにほとんどが散っている状態なのでしょうが、気温が低い日が続
いたおかげなのです。天気予報によると、これからしばらく晴天が続くようなの
で、この週末はお花見客と観光客で浅草の春の賑わいもピークになるでしょう。
 いよいよ今日は示現会の「堂上げ」の日を向かえました。浅草寺本尊示現会の
行事として古式に則り、浅草神社御輿三体を浅草寺本堂外陣にお上げして、一夜
を観音様と一緒に過ごすのです。
 午後5時から神主による神事で御霊を入れられた御神輿は、午後7時から松明
で照らされた参道を通り、浅草寺本堂内に「堂上げ」されるのです。三基の御神
輿が無事本堂外陣に安置されると、仲見世参道には、「慈灯の道」が参道中央に
灯され、本社御神輿の一夜の奉安を慶祝するのです。
 重さ1トン以上もある三社御輿が浅草寺本堂の階段を駆け上がる様は、荘厳か
つ優美で、見るものを圧倒させるのですよ。あほまろはもちろん、その優美な姿
を写真に納めてきますよ。明日の日記をお楽しみに。
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 浅草公会堂前のスターの広場に献花が一つ。ここに献花されるのは一年ぶりで
しょうか。先日お亡くなりにになった京舞の人間国宝、四世井上八千代さんをお
悔やみするものです。
 京都・祇園の芸妓、舞妓の学校「八坂女紅場(にょこうば)学園」の舞踊科教
師を務め、京都の春の風物詩として知られる「都をどり」の振り付けや指導を長
年にわたり担当し祇園の発展に尽くした井上八千代さん、生前は京都市文化功労
者、国の文化功労者、文化勲章などその功績は高く評価されて人間国宝となられ
た方でもあります。享年98才。ご冥福をお祈り申し上げます。
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 いままでのあほまろは、朝の連続ドラマなんてのは全く興味が無かったのでし
たが、昨年の春から半年間浅草を舞台に繰り広げられた「こころ」を欠かさず見
てしまった余韻が、次の連ドラにも尾を曳いてしまい、「てるてる家族」の魅力
にどっぷり浸かっていたのです。
 おかげで、毎朝7時30分〜45分(BS−Hi)はテレビに拘束されて、そ
れが終わってからモモちゃんとの散歩が日課となってしまったのです。何が魅力
かというと、フォーク全盛期の時代設定がちょうどあほまろの青春時代だったか
らなのです。舞台となった大阪のとある商店街の軒先に取り付けられたホーロー
看板や、懐かしい小道具類はドラマそのものがまるで生きている昭和博物館なの
です。それも、その当時流行った歌がミュージカルのように流れるのも魅力の一
つでしたね。
 その「てるてる家族」も今日で最終回となってしまいました。作詞家のなかに
し礼氏が自分の育った環境と奥さんの育った環境をミックスして創作した私小説
『てるてる坊主の照子さん』を原作に、街頭テレビ、東京オリンピック、紅白歌
合戦、大阪万博といったものに彩られ、ちょっぴり華やかで素朴だった「庶民の
昭和史」を描いていたのです。戦後から始まり、主に昭和30年代から40年代
にかけての舞台設定、まさに団塊の世代のあほまろの青春まっただ中がテレビの
中で繰り広げられていたのでした。
 昭和もどんどん遠くなってしまいました。ついこのあいだまで家の片隅に転が
っていたような生活の道具類も骨董屋さんの店頭に並ぶようになったいま、思い
出もどんどん色あせていくのです。そんな時にこのようなドラマでもう一度あの
すばらしかった時代を思い起こさせてくれたNHKさんに感謝します。
 そういえば、このドラマの中で、岩田製パン店で使われていた「ダイハツミゼ
ット」は大村崑さんの所有だったのですね。先月ヤフーオークションで、155
万円で出品されてましたよ。

今朝の写真
SONY DSC-F828
撮影枚数39枚